「ブラック・ジャック病」
アフリカの小国・ガボンで流行するブラック・ジャック病は原因不明の奇病である。胃が萎縮して硬直し、発作を起こした時にはすでに手遅れの状態という早期発見も治療も困難な病気に自分の名を冠せられたことに彼は憤る。無邪気なピノコをよそに彼はその病名を付けたクーマという医師と直に話し合うべく現地へ飛んだ、しかし彼を待っていたのは、人間の手には負えない見えない恐怖だったのである。
この挿話はまるで救いがない。病気に罹ったものは次々と死んでいく。医師クーマも発病し、彼の手術によって一瞬希望を掴むがほどなく発作を起こして死亡する。彼を頼って次々と患者はやってくるが、いずれも手術の甲斐なく死んでいく。
原因は推定されていた、現地の常食ヤムイモである。これまで普通に食べていたものが、何故急に毒性を帯びたのか? 病気の根絶には、もはやそこに活路を見出すしかなかった。いくら手術しても死んでいく患者、カルテに「死亡」と書き続ける彼の敗北感は無力感に等しい。これまでも彼は、風車に向かうドン・キホーテをたとえに幾多の手術に挑み敗れた。「やり残しの家」で白血病になすすべなかった彼も「ピノコ生きている」ではそれを治療し、勝っているのである。しかし、ブラック・ジャック病である。
続編「落下物」で彼はヤムイモが放射線の影響で突然変異したことを知る。原因はそれしかなかった。しかし何故放射線なのか? どこにそのような施設があるのか? 現地の娘を案内人にヤムイモ畑を探索する彼が見たものは、落下した原子炉衛星だったのだ。
実際、放射線は恐ろしい。日本では植物に人工的に突然変異を起こすため、放射線を利用しているくらいで放射線は生物の進化を促進する。進化は常に高みへ向かうわけではない。このヤムイモのように毒を持つこともあるのだ。さらに問題となるのが人体の影響であることは言うまでもない。
見えないものに怯える。東海村の事故はもとより、チェルノブイリに至っては寒気がする。事故後間もなく施設内を調査した折に撮られたフィルムは、その見えない恐怖を映像化した数少ない例であろう。やや青っぽい映像はフィルムの劣化を実感させ、画面をしばしば走る線は体中が傷つけられたような錯覚がし、マイクにあたるぷつぷつという音はあまりに大量の放射線が当たったために認知できる物質が分子レベルで崩壊する音であり、見ているだけで生きた心地がしない。
ブラック・ジャック病は人間が作り出した失態であった。ヤムイモは動物に食べられることなく繁殖するかもしれないが、やがて土地自体が荒廃し根は枯れてしまうだろう。彼にとって最大の難病とは、ひょっとしたら「人間」そのものなのか? 原子炉衛星を「悪魔」と呼ぶ彼は、あまりに大きな代償を背に何を考えるのか、悪魔を作った人間に対して、どう思うのだろうか・・・
ところが、宇宙から落ちたのは原子炉衛星だけではなかったのだ。「落下物」からひとつおいて発表された「未知への挑戦」で彼は地球に不時着した宇宙人を手術するのである。人間より宇宙人のほうがよっぽどましだよ、というわけではないだろうが。
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第11回分