映画「茄子 アンダルシアの夏」熱戦記
監督・脚本・作画監督:高坂希太郎/制作:マッドハウス
原作:黒田硫黄/音楽:本田俊之
演出:高橋敦史/美術監督:田中直哉/デシタルワークス:丹治まさみ
全てのスタッフに感謝感激!
キャスト:大泉洋、筧利夫、小池栄子、羽鳥慎一、市川雅敏、平野稔、緒方愛香、平田広明、坂口芳貞
黒田硫黄の漫画がアニメ化されるってんだから観ないわけにはいかない。しかも「茄子」の中でも随一暑い短編である「アンダルシアの夏」が47分という手ごろな尺で劇場用アニメとして公開されるのだから、ほとんど義務である。1000円だし。
で、まず原作との大きな違いを書くと、原作にあった主人公ぺぺの哀切・複雑な感情を周囲の登場人物の言葉で固める点が弱いかわりに、レースシーンの迫力を前面に押し出した点がある。そういえばいきなしレースシーンからだったな、と思い出すほどに物語は唐突に実況解説入りのレース中継からはじまる。そうそう47分だったんだ、不要物はないんだ。もうこれだけで原作に忠実そうだなって予感がした。そして音。やはりこれがアニメの利点だ。もちろん原作の独特な擬音もいいんだが、冒頭から選手の細かな息遣いとシャーという走行音がたまらない臨場感を与え、かつ、路面だけの描写、これも漫画じゃできない技だ。選手だけが知っている視点、速さがびしびし伝わってくる緊張感。
ほんとに原作どおり(原作138頁3コマ目の角はやした仮装したおっさんも当然ちらっと登場するほどの忠実さ)。ここまでやられると感動する。構図なんか原作まんま。絵コンテなんか原作のコマ並べて事足りたんじゃないかってくらい。しかも音付き。そりゃつまらないわけがないよ。冒頭でいきなりギアチェンジが細かに描写されてるし、自転車の細かな描写についてはアニメが断然上。さすが自転車野郎が作った映画だ。
個人的には大変満足している。素晴らしい、傑作だと吹聴して回りたいが、それはやはり原作好きの贔屓目ってもんだろう。原作の説明を省きながら細かな心理を書き分ける力まではなかったけど、というのも、ペペの気持ち自体も画面からはあまり伝わってこなかったんだ。迫力はあったけど、内面が伴わない。孤立したペペの悲愴感がない。ちょっと浅いんだ。なんだろうね、漫画とアニメ、物語そのものはほとんど同じように展開しているのに……それが間なのだ。漫画の場合は間の取り方が読者に委ねられている。読書に上手い下手があるとすれば(個人的にはあると思っている)、いかに間を作って読めるかってのがあると思う。同じ本を30分で読んだ人1時間で読んだ人どっちも面白いと感じたとしても、作品から読み取った個人的な思いには差があるだろう、ゆっくり読めばいいわけではない、作品の質も読書スピードに影響しているだろう。つまり本作は監督・高坂が原作から感じた間を観客に強いているという構図になっている。ここが原作物のアニメ・実写化の超えられない壁だ。
たとえば原作136頁のペペとアンヘルとカルメンの鼎談。アニメでは三人の顔のアップから入っている。原作どおりなんだけど、ここでの印象は下段の三人なんだ。台詞なし。煙草の量が沈黙の長さを物語る。アニメはそれを分断してしまう。もちろん原作と同じ構図はある。構図はあるんだが、間がない。各人の表情をまた映す、そして立ち去るペペも描く。ここって煙草の量と沈黙で事足りるんだけど、監督はそれでは説明が足りないって解釈したんだろう。だから描写を増やすんだけど、ここが難しいところだね。漫画だと三人が黙り続ける長さは読者が勝手に判断できるけど、アニメだとどこかで時間を区切らないと次にすすまない。もっとも、立ち去る場面をカットすれば漫画と同じ効果を観客に与えたと思うんだけど。(原作どおりなんでネタバもなにもないが、アニメではペペの郷愁というか寂しさというか複雑な満足感をラストで施している。これでもってペペのそれまで浅かった感情描写が補完される、立ち去る場面が不要と書いたが、それがないと「あのときの自分」と「今の自分」を重ねる描写が成り立たない。これが原作にないペペの感情だね。だから監督は監督なりにペペの気持ちを大事に扱っているんだ。決してレースシーンだけじゃない。私と監督に作品に対する思いの差があるとすれば、ペペへの感情移入具合なんだろうな。私の場合は兄貴やカルメンたちの会話からもペペの悲哀を感じたが、監督にとって彼らの会話はペペはみんなに愛されている、だから悲哀はあんまりないってことなのかもしれない。こういう思い・解釈の差があるから漫画の話ってのは面白いんだ。あと、フランキー、彼は原作には登場しないキャラだが、全然浮いてない。原作世界にいてもおかしくなかったキャラだ)。
さてしかし、レースの臨場感は興奮しまくった。もう泣きたくなるほど興奮した。集団がシャーって画面奥からやってくる、これだけでしびれる。上からの視点、互いに風を避けようと右往左往し斜めに列をなす選手達の動き。ペダルを踏み続けるペペの横顔。音だね。すげー。レース展開そのものはかなり地味なんだが、それだけに最後の集団スプリントは壮絶だった。市街地を高速で突っ切る自転車の群れ、カーブで転んじまうんじゃないかと思うほどのスピード感が火花散らして曲がっていく。たまらん、立ち上がって一緒にバンバンと叩きたかった、そうなのだ、レースの観客達は道路から身を乗り出さんばかりの興奮状態で柵替わりの丈の短いフェンスを手でバンバンと叩きまくっているのだ。ペダルを漕ぐ音、タイヤが路面を噛む音、チェーンが回転する音、観客の喚声とバンバンと叩く音、盛り上がる盛り上がる、大興奮。キタキタキターって感じ。
ちなみに、茄子のアサディジョ漬けはアニメの方がおいしそうだった。
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