映画「地獄甲子園」観戦記

監督:山口雄大/プロデューサー:北村龍平/クロックワークス配給

音楽:矢野大介/撮影監督:古谷功/撮影協力:和歌山市

脚本:桐山勲、山口雄大/脚本協力:漫☆画太郎、北村龍平、石井輝男、高津隆一

出演:坂口拓、伊藤淳史、谷門進士、榊英雄、永田耕一、飯塚俊太郎、土平ドンペイ、大場一史、小西博之、西尾季隆、生田目研人、三城晃子、蛭子能収、増本庄一郎、松本実、勝俣善章、魚谷佳苗、下条アトム(ナレーション)



 熱狂的ファンと思しき連中の上映直前の拍手に過剰な笑い声が鼻についたものの、映画後半になるとそんなものも気にならなくなったほどのバカでふざけて笑い転げた映画である。予告編からして真っ当な映画でないことは予期していたし、おそらく「少林サッカー」や「火山高」が引き合いに出されるだろうこともわかっていた。内容もこんなもんだろうといういささか冷めた予感があった。さてしかし、実際観たらどうなっただろうか、「甲子園、それは高校球児たちの夢……」と語り始める下条アトムの温和な声がいきなり爆笑の予感を誘い、予告編で最も印象的だったセンターフライ捕ったら爆発、が冒頭で炸裂するのだ。そして死屍累々となったグラウンドに、原作の映像化を待っていたファンはやけにはしゃいでいたけれど、実際原作どおり生首転がしたり身体の破片ばらまいたりと再現してて、もう最初の数分で映画の世界に心を鷲づかまされてしまった。驚いた。上映前、こんなに並んじゃって期待しすぎだよ君達、とたしなめたかった気持ちも、並んででも見る価値はあったなと優しい気持ちになれる、そんな映画である。
 内容は大雑把に言うと、原作に沿った前半(漫画版第一部あたりまで)と、映画版オリジナルとなる外道高校との肉弾戦の後半に分けられる。こういう場合、原作のはちゃめちゃ加減を期待するものにとって後半の展開は非常にあやしくなるのだが、そんなことはなかった。画太郎テイストを失うことなく、後半もめちゃくちゃな展開を見せ付けてくれる。これも驚いた。この後の話どうすんだろう、と考えてたんだけど、まずメガネ(伊藤淳史)の母(三城晃子)と十兵衛(坂口拓)の格闘場面がいきなり来た。狭い部屋の中で飛ぶは跳ねるは回るは。そして真実を知って抱擁する三人とどこからともなく現れるぱちぱち拍手する人々。もう最高だね。前半でも十兵衛とメガネが友情を深める場面があって、そこでも校長(永田耕一)と教頭(飯塚俊太郎)の他におまえらどこから湧いたんやと突っ込んでしまう連中が二人を囲んで祝福してくれる(さらにここでまた下条アトムのやさしい声によるナレーションが入るもんだから笑い笑うよ)。それと同じことをまたするんだけど、これがいいんだ、画太郎作品の魅力を映像化するにはこれしかないだろってくらいの開き直りようなのだ。
 原作にないエピソード・キャラの登場って時にファンの猛烈な反感を買いがちだが、本作に限ってそんなことはあるまい。特にキャラ立ちとして終盤いい味出すのが主審(増本庄一郎)である。外道高校との肉弾戦って個人的に雑な印象を受けたんだけど(やはり、バットやボール使って戦ってほしかったな。まあ、外道高校監督(谷門進士)とはバット使ったチャンバラがあるんだが)、見るものの涙を誘わずに入られない十兵衛と外道監督の対話(ああ〜、ここの場面は好きなんだなー。ばかばかしさかみ殺して本気で会話しているのがいいんだよ。「友情・努力・勝利」、すげーバカじゃん、しかも勢いで笑わすとこがほとんどのなかにあって、ここでは二人の真面目さでクスクスと笑いを誘うんだ)のあとでほういち(榊英雄)が暴走して主審の二人の息子殺されるんだけど(だからなんでいつのまにギャラリーがいるんだよ、という突っ込みも当然あるが、それをやさしく受止めてくれるのが本作なのである。突っ込みどころがこの作品の見所になっているのだ)、息子抱えて「あれほど職場に来るなといったのに」とかなんとか言うんだな。終始やる気のない態度だったんだけど、ここでさりげなく見せる父子愛! 中盤でもあった十兵衛と父(蛭子能収)のまさかの邂逅も含め本作には野球の素晴らしさ同様に親子の愛情も描かれているのである。「フィールド・オブ・ドリームス」を軽々と超える感動なのだ(ということにしておこう)。
 正直言うとそれほど期待してなかった。ただ話題ほしさに観に行ったのがほんとのところ。地元じゃやらないだろうから、連休だし思い切って上京してついでに他の映画も観て来よう、という目論見もあった。ネットで上映場所を確認する程度だったために当地の地理を把握できず道に迷い、予定していた観たい映画も観られず、しょんぼりしながらシネクイントを探してパルコ内を歩き回り、やっとみつけたらもう並んでいやがる。チケットだけ買って上映前に飯食おうかと思ったが、「今から並んだほうがいいですよ、整理券ありませんから」という係員の素気無い答えに仕方なく列に並んで待ち疲れて、腹減った胃が痛いとへとへとな精神状態だった。入場して地元じゃありえないふかふかの席に腰を下ろし、たったこれだけのために……と半分後悔していたんだ、オールナイトでやってる「踊る大捜査線2」も観る予定でいたけど、地元で観られる映画をなぜここで観るんだよという思いも強かった。あぁ、ところがしかし、この弱気な感情を見事元気付けてくれた「地獄甲子園」という映画。素晴らしい。
 上映終了後拍手が起きた、上映前に煽った奴らが再び煽ったのだが、この時は私も音が出るほどではないが拍手に加担してしまった。それは、だからお前らどこにいたんだよ、と突っ込んでいた拍手するギャラリーたちに観客が同化した瞬間であり、観るものを劇中の世界に巻き込んだ瞬間でもあるのだ。山口雄大監督、ありがとう!

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