「人生という名のSL」

 終点までの片道切符を手にブラック・ジャックはまどろむ。決して楽しい旅ではない。遅いし疲れるし、終点に着けばそれっきり引き返すことのない汽車で、彼はなにを思うのか。彼が唯一愛した女性はいう、「人生って奇妙ですね」
 彼はこれまで何人の患者を救い、幾人死なせたのだろうか。「これが自分の生きる道でね」と自嘲気味に言う彼の横顔の口辺に漂う微笑みも、ドクター・キリコが連れてきた女性の老い果てた姿を見つめる無表情な横顔も、恩師に諭されて複雑な表情の横顔も、すべて彼の人生の結果なのだろうか。
 彼の運命を決定付けた手術、不発弾の暴発で死線に浮かんでしまった子供の彼を生の世界に引き戻した恩師・本間丈太郎とともにその場に彼自身が立ち会ったとき、彼は自分の浅はかさを痛感する。「きみは人間をロボットにするつもりかね」。患者を助けるためならなんだってする彼の徹底した外科魂が簡単に粉砕されてしまう。世間のニュースで耳にする「○○手術成功」という言葉の裏にあるのは、彼と同じような考え方であることを見逃してはならないのだ、手術後の患者の気持ちを考慮しなかった彼は恩師の言葉に絶句し落胆する。
 「医者が人の生き死にのカギをにぎるなんて、思いあがりもはなはだしいんじゃないか?」
 しかし、彼のそうした考えによって生き延びることができたピノコは言う。「アッチョンブリケ」
 「人間死ぬ前にやたらに過去の夢をみるっていうが・・・」という彼の過去とはなんだろうか、これから探っていきたい。



「えらばれたマスク」

 20年前に重体の妻を捨ててマカオに愛人と逃げた父親から突然の電話に戸惑う彼は父との再会を決する。「お父さん」と呼ぶ第一声のなんと複雑なことか。マカオで事業に成功した父は資産家となり、あらためて彼を息子として迎えたい意向を伝えるものの、彼の生きる支えだった憎悪と復讐の柱たる父を前に首肯するはずもなく、嘲笑する彼は臨終間際の母の言葉「お父さんを許してあげましょう」を父に突きつけたが、父は黙ったままうなだれる。
 患者は父の今の妻だった。癩病の後遺症によって顔にあざを残した彼女を美人に整形して欲しいという父の依頼を微笑んで受け入れた彼は七千万円を請求して父に問う、「今でもおかあさんを少しでも愛していますか」
 父の答えは彼が予想していたものだろう。だからこそ、彼が世界一美人だと思える母の顔に整形してしまうのだ。彼は母の幻影を作った。おののく父に復讐を果たした彼は、満足しながらも、「さようなら、おとうさん」と苦々しい表情でマカオを去るのだった。
 誰が彼をマザコンだとばかにできよう。母が死んだといって泣く男をせせら笑えるだろうか。

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第2回分