「ちぢむ!!」

 幾多の難病に出くわした彼にとって、人の死は自分の存在を脅かしかねない。「ふたりの黒い医者」で自分が生きるために治しつづけると叫んだ彼も、「自然」と呼べる奇病には、ただ天に向かって叫ぶしかなかったのか。
 体が縮んで行く原因不明の病に、自らを賭して立ち向かった戸隠先生は自然の摂理を強く訴えて死ぬ。「神」?。この言葉だけは聞きたくなかったよ、戸隠先生。神の警告とはこれいかに。神も仏も信じない彼に向かってそんな言葉は戯言に過ぎない。彼が信じるものは自分の腕だけだ、どんな医者も手を上げる難病を奇跡の腕で治すその指先だ。しかし、自然を相手にしたとき、彼は自分の非力を痛感したに違いない。宇宙人でさえ治療した彼も敵わない自然という病、特殊な組織萎縮症の治療のヒントは血清にあったものの、彼は敗れた。否、そもそも自然は誰とも戦ってはいない。幾多の動物たちが単に翻弄されているに過ぎない。まるで巨大な船の甲板に術なく揺られるままのゴミのように、人間たちは立つ間もなく海に放り出されつづける。「そんなのは御免だ」と彼は言うだろう。だったら医者がいる理由がわからないじゃないか・・・とも言うだろう。しかし見よ、今も次々と死んでいく人々の群を。死に臨む人を助けることが出来るのは、なにも医者ばかりではないのだ。本間先生の言葉を忘れたのか? 医者なんてちっぽけな存在なのだ。そんな人々に必要なのは親しい人々の「言葉」なのだ。メスでも薬でもない。一時の感情に流された彼の最後の絶叫は聞くに堪えない。もっと冷静になれ、と言ってやりたい。
 神は残酷だ、何故なら、神を造ったのも人間だから。彼の腕に抱かれた戸隠先生の遺骸は、まるで生まれたばかりの赤ん坊のようではないか・・・



「オオカミ少女」

 何故殺した? 借りは返した、なんて言い訳が通じるものか。彼は知っていたはずだ。少女の口蓋披裂を治療したときから、少女が町へ下りることを予測していたはずだ。山中雪に埋もれて遭難しかけたところを救われながら、何故彼は少女の後を追わなかったのか・・・
 ある政治局員の手術を済ませた彼が山中の国境で官憲に訊問される。官憲に言う、「その政治局員は治ったとたんに亡命したよ。つまりあなたは反逆者を手助けしたのだ」。あてなく逃亡した彼が行きついた場所は下界の情勢を知らぬ少女の住む山小屋だった。顔の奇形を苦にして町から離れた少女にとって、彼は魔法使いに等しい。整形手術によって美人になった彼女は、町の人に自分の顔を見せたくてたまらなくになる。そして、彼の静止を聞かずに山を降りた・・・しかし、官憲にとって少女とあの政治局員は同じ亡命者に過ぎない。こだまする銃声を背にしながら彼はどこへいくのか・・・
少女の死は、国境のせいか?

戻る
第7回分
第9回分