「eensy-weensyモンスター」と「鈴木先生」の奇妙な関係

津田雅美「eensy-weensyモンスター」第1巻 白泉社 花とゆめコミックス

武富健治「鈴木先生」第1巻 双葉社 アクションコミックス



 津田雅美「eensy-weensyモンスター」(以下「ewモンスター」)と武富健治「鈴木先生」。
 両者の作品を少し比較してみたところ、ちょっとした発見があった。発見と言うか、今まで漠然としていたものが少し輪郭をあらわにしてきたとでも言おうか、すなわち、「テンポ」「間」がいかにして作られているかという具体的な成果である。
 「ewモンスター」は少女漫画だが、それ特有の大量の文字情報による物語の展開は一見少なく、大コマを多用した空間処理によって・空白を生かした演出と人物の大きな描写で表情を作っていく。ふきだし外の手描き文字による絵の解説等や背景に描かれるキラキラしたものとか花びらといった心情を表す少女漫画らしい技巧を失わずに、大見得の連続みたいな、人物の断片を描写するだけで物語の全体の流れを読者に見せてしまう術に溢れている。
 「鈴木先生」は一見劇画風の絵だが、表情や仕種等の動きにはいささか古さのある記号を用い、大コマは多用せず、小さなコマを並べ、加えて大量のセリフ・モノローグで主人公たちの心情をフキダシ一杯に吐露し、実際ぱっと見ただけで文字だらけという印象さえあるが、時に見落とされかねない主人公の心の機微を多量の文字情報によって読者に何かしらわかった気にはさせてくれる力業に溢れている。
 個人的にどちらも楽しく読んでいるが、まず両者の違いを明示しよう。以下は1巻本編(表紙や各話の扉は除く)の文字数である(( )内は1頁当たりの文字数)(個人的な作業のために多少の数え間違いはあるかもしれないが、概ね信頼出来る数字だと思う。数え方は原則として()「」や!?…は無視した。)。

            フキダシ内とモノローグ等の写植文字    その他(擬音は除く)
 ewモンスター(本編184頁)   9429字(51.2字/1頁)       2200字(11.9字/1頁)
 鈴木先生(本編141頁)     20578字(145.9字/1頁)        494字(3.5字/1頁)

 「鈴木先生」に文字が多い印象はあったけど、ここまで多いと、1巻を読むだけで短編小説を読むのに等しい。ちなみに、他の漫画は、だいたい1頁当たり70〜100字といったところである(手近にあった本を少し見ただけだけど、個人的に1頁100字でも多い印象はない。200字を超えてようやくセリフが多いなと思う。)。「ewモンスター」はかなり少ない部類に入るだろう。では次にコマ数を見てみる。

         総コマ数(1頁当たり)(見開きは0.5コマとして計算した)
 ewモンスター  519コマ(2.8コマ/1頁)
 鈴木先生    1031コマ(7.3コマ/1頁)

 これも他の漫画の平均が5コマといったところなので、両極端な結果が出ていると思う。
 しかし、文字が少なくコマも少ない、文字が多くコマも多いということは1コマ当たりの平均文字数にはさして違いがないのではないかという直感が働く。まあ、数字を見れば明らかなんだけど。というわけで総文字数を総コマ数で割ってみた。
 ewモンスター  1コマ平均22.4字
 鈴木先生    1コマ平均20.4字
 あれだけ文字数で圧倒していた「鈴木先生」が逆転された。これは一体どういうことか。
 フキダシ内の文字数を比較すると、1フキダシ平均17.4文字の「鈴木先生」に対し、「ewモンスター」は12.6文字である。これは「その他」で分類した文字情報の差が影響しているのは明らかだが、もっとも大きな影響は「間」の作り方なのである。
 「ewモンスター」はコマの中でフキダシやキャラクターを配置し、その空間の広さでテンポを作っているわけである。普通ならば2つに割れるコマも1つに収めてしまうことだってある。一方の「鈴木先生」は、コマ単位でテンポを作っていくので、間を作るにはセリフ・文字のないコマをあえて設けることになる。激しい会話のやりとりのあとに、それをじっと見ているキャラクターの顔のコマを挟んだり、皆が押し黙った瞬間を、各々の顔のアップで1つずつコマに描いたりと、「ewモンスター」とは正反対の方向から物語の流れを作っているのである。
 というわけで、文字のないコマ(ただし擬音は絵とした)を比較すると、

         絵だけのコマ数   絵だけのコマ数を除いた1コマ当たりの文字数
 ewモンスター  66.5コマ(12.8%)       1コマ平均25.7字
 鈴木先生     219コマ(21.2%)       1コマ平均25.9字

 1コマ平均文字数は、ほぼ一致してしまった。数値で客観的に示されると、「鈴木先生」は間をコマで作っていることが見えてくる。「ewモンスター」の空白の場合は数値化しにくいが、コマに占める絵の面積とか調べれば有意な結果が得られるはずだ。とりあえず、コマの中の空白(文字通り何も描かれていない真っ白な区域。ベタだけとかトーンだけも空白としない)に描かれうるキャラクターの数(その空白にキャラクターを何人描けそうか)を大雑把に数えてみたところ、わかりきった結果ではあったが、「ewモンスター」155、「鈴木先生」24となり、前者の空白の総面積が後者を圧倒しているだろうことは自明である。
 漫画の中の情報は、もちろん文字だけではない。絵の密度・もっと正確に言えば線の密度も重要である。その辺まで考慮した分析を行えば、また何か思いもよらぬ数値が表れるかもしれない。
(2007.7.18)
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