「名探偵コナン」第21巻 1998年11月15日初版 小学館少年サンデーコミックス

作者 青山剛昌



 21巻のファイル4から7までの四話(53頁から120頁)が「工藤新一最初の事件」と呼べる挿話です。ここで展開される事件は、旅客機内で起きる殺人事件です。この作品は、親切なことに、事件が起こる前の段階で容疑者が紹介されるので、犯人の行動を後の推理ではっきりさせる説得力がありますが、さて、この挿話はどうでしょうか。
 58頁から60頁。この3頁内に容疑者5人が紹介され、死体が発見されるのは63頁のラストのコマ・トイレを開けたスチュワーデスです。つまり6頁のなかで事件の真相が隠されているわけですが、どれだけの情報が積めこまれているかを分析してみましょう。
 鵜飼恒夫(47)会社員。最初に登場する容疑者です。彼は通路を挟んだ左の隣席の男の煙草の煙に咳き込み、その男に「ここは禁煙席だ」と注意するものの相手にされず煙を吐きつけられます。そして60頁の最初のコマで、席を立った様子がちらりと描かれています。次の頁では機内をうろうろしているところをスチュワーデスに呼びとめられ「じっとしてると落ち着かない」といい、その後も席についた様子はありません。
 大鷹和洋(29)カメラマン。隣席で煙草を吸う男、が彼です。トクダネをつかんだ彼は、その写真を向こう(アメリカ)で高く売りつけるようです。その後、アイマスクをして毛布を掛け、眠ってしまいますが、後に死体となってしまいます。
 大鷹の右隣が婚約者の天野つぐみ(27)カメラマン。大鷹の煙草を取り上げ、「やめなさい」とたしなめます。後に酔ったといいスチュワーデスを呼んで薬を頼み、彼女の酔いは一層激しくなってスチュワーデスが戻ってきた頃には口を手で抑えて顔も青ざめているようです。
 酔った天野を介抱するのが仲間の立川千鶴(29)カメラマン、天野の左隣・窓際に座っています。そして、鷺沼昇(30)カメラマン、彼も仲間で、大鷹の後ろの席で静かに終始寝ています。
 彼らカメラマンの会話に耳を傾けているのが、大鷹の前の席に座るフリージャーナリストのエドワード・クロウ(51)。本を読んでいます。
 さて、これだけの情報で犯人を推量できるでしょうか。・・・出来ます! 出来てしまうのが本編の傑出した点だと思います。もちろん状況証拠のみですが。問題点は、寝ていたはずの殺された大鷹がいつトイレに行ったのか、ということです。旅客機は夜間飛行で機内は薄暗く、寝ている人も多く、機内の客の動きの情報はごくわずかという都合のよい展開ですけど、この6頁だけで、まず鵜飼が席を立っていること、天野が酔ってスチュワーデスを呼びつけていること、寝ている大鷹と鷺沼・・・。本編を読んでなくとも、犯人がわかると思います。すなわち、座席を前後して寝ている二人の存在です。大鷹はアイマスクをし毛布をあごまで被って寝ています、そして眠りつづける鷺沼。自分のアリバイを証明するには、犯行可能時刻に自分を目撃させることが必要ですから、その中でそれをしているのは・・・・天野つぐみですね、スチュワーデスを自分の目撃者にしているのです。酔ったとき、彼女の横で寝ていたのは鷺沼だったわけです。スチュワーデスが薬を取りに行った隙に自分の席・大鷹の左隣の席に戻っているんですね。6頁の情報だけで犯人のトリックを当ててしまうことが可能だったわけです、もちろん私はそんなことに気付かず読み進めましたけれども。
 後の彼らの証言を読み進めながら、その6頁の中の彼らの言動を考えれば、工藤新一より犯人が早くわかる仕組みになっています。丁寧に読めば、つまり容疑者の座席位置を考えれば、82頁の3コマ目で犯人の使ったトリックがわかります。しかし、このトリックが幸いした点は、もう一人の目撃者だった鵜飼が不注意だったということです。彼は機内をうろうろしていながら天野がスチュワーデスを呼んで薬を頼んでいる場面を離れた位置から見ていたのですが、この時、自分の座席の位置をしっかり把握してなかったために大鷹の通路を挟んだ隣席が空席でないことに気付かず、トリックをあっさり見破れた機会を失っています。
 また、事件を混迷させるクロウの嘘も見破れます。彼は日本語を理解できないのですが、6頁の中で日本人の会話に耳を傾けている描写によって実は日本語が達者であり、大鷹のトクダネの正体をつかもうとしていたわけです。
 トリックに荒さはあるものの、凶器には工夫を凝らしています。凶器の発見が犯人を追い詰める物的証拠になるわけで、作者にとって本編のトリックはそれほど重要でなかったのでしょう。

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