「DEATH NOTE」7巻

集英社 ジャンプコミックス

小畑健(原作 大場つぐみ)



 7巻は何か異様な雰囲気で読んでて気が重たかった。これまでの月とLの戦いという構図が、この巻では月の計画の全てが明らかになる描写が軸で、それまで脇役として機能していた相沢や松田達が完全にその他大勢と化し、それは夜神父も例外ではなく、全てを知っている読者が月の策略に翻弄されるLを見守るという立場に置かれてしまい、もちろん月の計画の全貌が徐々にはっきりしてくるという点では面白く読めるけれど、Lの思索に白々しさを感じてしまったために、長編マンガの難しさを垣間見た気がした。伏線をまとめるための連載、4巻から続くそれに途中で嫌気がさしてしまったのも事実である。3巻あたりまでにあったテンポのよい展開、レイ=ペンバーの死の模様がわずか1話でまとめられていたことを考えると、非常にもったいぶった連載だなーという印象が強い。それでもしかし、この7巻の雰囲気、緊迫感と言い換えてもいいそれが、Lの最期によって特殊な効果を得る結果になってしまったと思われ、やっぱり長編マンガって難しいなーと感慨深い。
 Lの素顔にしろミサの素顔にしろ、なかなか明かそうとしないのは原作者の意向なのか作画の小畑氏の趣味なのかわからないが、とにかくやたらともったいぶった演出が、7巻ではLのそれである。主人公達の長広舌がもはや作風になっているが、ここで月の台詞が激減して説明調が消えると、月の表情が代わりにクローズアップされる。これにより、それまで台詞の内容に注意を向けていた読者の視線が、否が応でも月の顔・特に眼に向けられる。
 7巻116、117頁は見開きは真ん中の倒れるLよりもむしろ月の見開かれた眼に注目してしまうだろう。Lのモノローグで話を進めながらも、物語の中心は月にあるということを忘れていないからだ。読者も同じだろう、ワタリが倒れて次はLだろうという予感、月の計画の最終段階、二人の戦いに決着か、さまざまな思惑が月の表情から多くを読み取ろうとし、語らずとも月は読者によって多くを語っているのである。また描写の上でも誘導がある。おそらく多くの人がここで気になったしまっただろうスプーンがそれだ。
 Lの物をつまむ持ち方の特徴をもっとも引き出すのがスプーンやフォークである。劇中にはそんなもんまで指先でつままなくてもいいじゃんか、というような描写(携帯電話とかノートとか)もあったけど、スプーン等が自然だろう、そのスプーンを落とすことでまずLが尋常な状態に陥ったことが宣され(Lがあやまって何かを落とすなんてことは描かれていない、第二のキラのビデオで死神という言葉に驚いて椅子から転げ落ちた時くらいか、あと月と殴りあった時とか)、月が目敏くLの異変を察知する。傾くL、落下するスプーンの表面が眼のような影を帯びる。そして見開きに続く。ここでスプーンの眼のような影が次のLの眼に注意を促し、同時に月の黒目が際立つ。読者は月のその眼の印象を引きずったまま、118頁でLの異変を確信する。またスプーンも印象に残っているので、コマのどの位置にスプーンが描かれているかに着目すると、コマの左上にあることから、Lの眼から次のコマに進むときにスプーンを通らせてまず夜神父の驚愕の表情へ視線を誘導しやすくしている。スプーンがないと夜神父のコマはスルーされやすくなるかもしれん。で、119頁のLのアップ。ここもスプーンが次の頁の右上に視線を向かせやすくしている。120頁1コマ目の月の眼が先ほどの月の眼の印象を裏切り、口元の歪みも凶悪だけど、読者を脅かせる、Lも驚く。2巻で「さよなら レイ=ペンバー」と言った時の月と比べ物にならない怖さが滲んでいる。そしてLの真っ白な右手と感嘆符、月の眼に圧倒されつつもそれらも捕捉することで、Lの右手が最初こそ月の左肩を強く握るものの、力を失っていく様はそのまま次のLの閉じられる眼につながる。スプーンがないといきなり月の眼に視線が行ってしまうところを、Lの右手と感嘆符→月の顔という順番で読ませることで、Lのモノローグに間が生まれる、驚きのための間だね。
 ごちゃごちゃと説明したけど、スプーンは視線誘導と眼の印象付けという役割を担っていた。だから121頁ではかえって邪魔になるのでLの近くにあるはずのスプーンが描かれない、まあ断ち切っちゃってるから雑誌掲載時はあったのかもしれないけど、小道具ひとつで読者を振り回してしまうってのが面白いよなー。さらに月の思考を排することで、下手に言葉を弄するよりも読者には月の死神っぷりが一層強烈に焼き付けられた、ていうか私はLが最期に見たものが月のあの表情だってのが哀れで悲しくてね、この瞬間に次は月の言動全てが白々しくなって、「僕は新世界の神になる」とか言いながらも1巻の時のその台詞と比べると、この言葉も虚しく響いて、人間の顔と死神の顔を完璧に演じられるようになっている月を恐ろしく感じた。もう主人公の視点で物語を読むのが辛いというか、嫌というか、早く死ねよ月って思ってしまう。
 だって、Lの退場は物語的には緊張が解かれるところのはずなのに、つまりカタルシスを得られるところなのに、そんなもの微塵もなくて、逆に前より緊張してしまった。これで連載も終了に向かうかなとか、L復活はもうないのかなとか、この後話しどうすんのとか、そういう物語外のところからの思いも正直あるんだけど、それらを除いてもなお月が不気味で感情移入できなくて、物語の伏線を回収するためのLを追い込む演出がかえってLに感情を持っていかれる結果となり、多分死んじゃうんだろうなーと思いつつ、いやまだ何かLはやってくれるはずだという思い込みも手伝ってか、かなりショックだった、ショックだったんだよー。相沢の「こ……」を察して素早く「殺される」と叫んで場を混乱させる月の冷静さが怖い。でもそれ以上に、最初はLの近くでモニターを見ていた松田が少しずつ遠ざかって(114頁では描き忘れられている、「死神は?」を「松田は?」に台詞を変えても不自然じゃないな……)、Lが倒れた時はいつの間にか一番離れていて、皆が震えながらLに寄っていくのに松田はひとり頭を抱えていて、そういう性格の松田を冷静に描いて楽しんでいる風な小畑氏がもっと怖かったりする。

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