「G戦場ヘヴンズドア」

小学館 IKKICOMIX全3巻

日本橋ヨヲコ


 感動した。率直な感想である。以前背景にケチをつけたが、そうしたところで私のこの作品に対する面白いという感情は揺るがない。演出とか構成なんかに目が向きがちな私だが、そういうのを抜きにして楽しく興奮したまま全3巻を通して読めた、なによりも最初から変わらない作者の創作態度が嬉しかった。極東とかプラ解とかの頃のごつごつした感じの絵にはもう戻れないんだろうけど、熱い台詞回しだけは健在だ、というか、むしろさらに洗練されている気さえする。絶対に間違ってないという確信みたいなものがあるんだろうか、時折それは作者自身の自己顕示・私には大衆の志向を突き放して見くだした選民思想のような印象がほの見えてちょっと不愉快になることもあるんだけど、そのあたりは作者も気付かないわけがなく、登場人物みんなに等量に注がれる愛情が今作は特別強烈で、それはきっと最終回まで・悔いがないところまで描けた結果なんだろう。
 まずは題名と作品の主題との幸福な出会いがある。無名の作家でもこの題名ならその場で買ってしまうだろうというほどの素晴らさである、今までの作品のどれにも似てない(作者の中にはこれで行くしかないっていう題名が過去にあるんだろうけど)偶然が潜んでいる。いや、作者のことだからおそらく承知していたと思われる。話数を「Air」で表したところからもうかがえる「G線上のアリア」という作品の成立経緯に関する薀蓄や、ヘヴンズドアをくっ付けた訳なども推測すると、作品の主題がより明確になる。曲の経緯はネットで調べたらすぐに出てきた、すなわちバッハの作曲した「Air(エア。あるいはアリア)」という曲が成立してから百年以上を経てドイツのバイオリニストであるアウグスト・ヴイルヘルミがその曲を発掘し編曲した曲が今現在耳にしている曲である。曲の題名の由来も曲を世に広めたのも編曲者にもかかわらず、この曲といえばバッハが先に来る。まるで漫画家と編集者のような関係性が思い浮かべらられるのだ。またヘヴンズドアといえば、ドイツ映画「ノッキン オン ヘヴンズドア」である。死を間近に控えた二人の男のロードムービーといえば地味で静かな映画っぽいが、内容はかなり娯楽してて銃撃戦ありコミカルありで、それだけにラストシーンの静寂は非常に印象深いものがあった。町蔵と鉄男の関係に少し似ているような(このような憶測は作者にとって意味がないんだろうな、きっと。1巻巻末で題名の由来書いてあるから関係ないんだろうけど)。
 でも違和感がずっと残っていたことも事実だ。2巻までの展開は町蔵が中心で心理描写も彼に集中する。あれこれ考えて右往左往しわからないわからないともがき続けながら前進していく姿が執拗に克明に描かれる。それが鉄男の母の死を契機に鉄男が饒舌になり始めて3巻はまことに密度の濃い内容となった。葬儀で喪主を務めた鉄男が参列者に挨拶する場面が最初だ。父と更に深まる溝も原因だろうが、物静かな印象が吹っ飛んでしまった。「ごめんなさいごめんなさい」と連呼する場面のように感情が暴発する状況で鉄男の内心が読者にしんみりと伝えられるとばかり思い込んでいたら3巻の彼の描写の豹変ぶりはどうだろう。鉄男の生い立ちから現在までの苦悩が全て晒されることへの戸惑いが強い。そういうものは期待しないで読んでいただけに、3巻67頁の鉄男の独白には齟齬より先に作者から下手読みするなとつっけんどんに追い返された気分になった。共感を求めたがる伊岡を凍りつくほどの冷淡さで踏み潰す彼の表情……町蔵によってみんなに愛されていると思われていた鉄男の内面が一気に発露されるに至って、やがて私は彼の孤絶の様に圧倒されていた。つまり作品の主題をわかったつもりになっていた自分を発見したのだ、何もわかってない自分がいたのだ。違和感が読後戦慄に変わっていたのである。
 日本橋もすっかり丸くなって無難な漫画書くようになったなーだなんて1巻の頃は思っていたけれど、この終盤の展開、それまで散らばってた登場人物たち・新人達つまり点が集まって線になる、という発見。発見とあえて言おう、全く予想していない物語が目の前で振舞われていたからだ、鉄男と町蔵の関係性が際立つかに思われた物語が作者の各人物像の重厚な下積みにより(また目立たない箇所で伏線も用意されているし)、なんにもないと言われた彼らがひとつになって鉄男の作品を作る。誰も鉄男の心の声は聞こえないはずなのに、彼の姿・彼の作品からあるいは町蔵のデビュー作によって触発され自然と集まり、家族のような空間を醸成し鉄男のからっぽな心を満たしていく。久美子にも話せない鉄男の明かされなかった最後の本心が最後の最後で、仲間によって具現化し、最終回では現実になるという幸福感。そして鉄男が最後にペン入れした箇所・目の威力というものも実感した、作者のみならずほとんどの漫画家が大切に思っているだろう人物の目、これを鉄男自身によって描かせるという演出にはそつがない。
 不満がないといえば嘘になる。作画については1巻と同じままだし、僭越ながら無駄だろこのコマ・直せよこの構図ってのがあるし、本当に人物にしか興味ないんだなって感じだし、やっぱり時に垣間見られる自己主張には、この作品に作者自身の姿は用はない興味ないと突っ込みたくなるし、余韻をぶった切るようなごちゃごちゃした最終回には、これじゃ読者の居場所がないよと思ったし、そういうのは布団の中だけにしとけって言いたくなった。文句ばかりつらつらと出て行くものの、さてしかし感動したという事実は残るわけで、日本橋ヨヲコの力のこもった物語にはこちらの想像力もかなわないくらいだ。今後も氏のまんが道は終わらないでずっと続くのだろうから、一読者としては、まだ会えない新しい情熱ある人物たる新作との再会を大いに期待しつつ単行本はしっかりと新刊で購入していくつもりである。おそまつ。
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