「ボーイ×ミーツ×ガール」

講談社コミックスデザート「ボーイ×ミーツ×ガール」収載

ろびこ



 ろびこ二冊目の単行本の表題作にして卓越した構成力で男の子(西野)と女の子(赤川)の気持ちのすれ違いと邂逅を凝縮した佳品が「ボーイ×ミーツ×ガール」である(あんまり傑作傑作と吹聴してもなんだし、とりあえず佳品としとく)。中学生時代に付き合いはしたものの、お互いの気持ちはわかりあえないまま別れてしまった二人が二年後の同級会で再会。物語は、二人の出会いからではなく、再会から描くという変化球である。タイトルから期待される物語の発端を冒頭から外してくるのも、ろびこの上手さである。この読者の予測値をちょっとずつ裏切っていくバランス感覚が抜群なのである。
 もっとも、二人が出会って恋愛成就という公式が成り立つからといって、その過程は千差万別である。主題そのものをタイトルに掲げながら、単純な再会ではなく、いろんな想いの元で顔を合わせていたというキャラクターの心理描写が、後に次々と明かされることで、読者は二人の出会いを必然だと思い込んでしまうかもしれない。そもそも初対面ではないからこそ互いの本心にいつ気付くのか・気付いてもらえるのかという期待が冒頭から先行している。二人は高校生になって、だいぶ違う印象を抱きあい、別れた後の変貌に・付き合っていた頃との違和に、かえって当時の思い出が鮮明になっていくという図式をもってくるから回想場面に至るのも道理で、キャラクターの心理状態がモノローグで詳細に綴られると、二年前のボーイ・ミーツ・ガールの物語は、二度目の出会い・つまりボーイ×ミーツ×ガールという相乗効果を生むことになる。構成の上でも前半に西野モノローグ、後半に赤川モノローグと話を分け、二人の気持ちを掛け合わせることで生まれる物語とも言える。
 再会した二人。まずは西野パートの話だが、中学時代、羞恥がために好きだという気持ちも伝えられずギクシャクしたまま終わってしまった関係に彼は後悔すれども今更どうしようもなく、再会した赤川は気になるものの、今の新しい交友関係にのほほんとしていた。そんな彼が、ある日友達とフラフラしている最中に赤川の姿を目敏く見つける。多くの通行人の中から彼女の姿だけがコマ枠を飛び出して描かれることで、彼の動揺と興奮が瞬時に理解できる。勢いで赤川を自転車で送っていくことになった彼は、そこで彼女の当時の本心を聞かされることで、自分も彼女も同じ不器用なだけだったことを知ることになる。仲の良い女友達に欲しいといわれてもあげなかったクレーンゲームで得たストラップを気安く赤川に渡してしまう場面が、彼の気持ちを読者に悟らせる。でも、赤川は女友達とのやりとりなんぞ知らないわけで。普段着のチャラけた印象の彼の心も好きな人には純真な様子が見て取れる。今付き合えたらあの時のような悲しい思いはさせない……そんな時に赤川から電話が来るのだった……
 西野との再会。街中で声を掛けられた時も平然としていた風の彼女が、実は進学後も西野を街で見かけては、それだけでウキウキしている状態だったことが赤川パートで明かされる。付き合う前らずっと好きだった、という西野に対し、別れた後もずっと好きだった赤川という対比が、話の流れを元に戻さない上手さである。彼女が語り部となって当時が回想されつつも、物語は前進し続けているってのが面白い。話がリセットされないのだ。だから物語の軸が赤川に変わっても時間は元に戻らず、混乱なく、まるでひとつの物語を読んでいる(いや、実際に一つにまとまっている話なんだが)ような体験を味わえる。友達と群れている西野の姿を見つけたとき、彼だけがコマ枠を飛び出して描かれるという対称からも、彼女の感情の度合いが知れよう。描写の上ではすでに二人とも互いを意識しまくりなのだ。
 赤川パートは西野パートの受けにもなっている。気持ちを伝えたい西野→背中を向けて訳もわからず逃げ出してしまう赤川、という赤川パートの冒頭からほぼ一貫して彼女は西野を待つ態勢になっている。これはマンガの特性(右から左に読む)を踏まえた上でもあるんだが、ややうなだれた背中(単行本31頁)、西野の気持ちがわからずもやもやして椅子に座ったまま悶々としつつ俯いている(34頁)、バスの中でカバンを顔に押し付けて自分の気持ちに押しつぶされそうになる(39頁)……と、西野から逃げた後の彼女の描写は、西野に気持ちが近付けば近付くほどに顔を合わせないようになっていくのである。一方の西野は女友達(今の彼女?)とじゃれあったり寝転がったりとあっちこっちに動いている。どうしようかと悩んでいる姿が直接描写されている。
 赤川は、西野パートでは自転車の後ろに立って乗るほど平気だったのに、気になればなるほどどうしていいのかわからない、まさに中学時代の自分になってしまう。西野も同様である。彼が赤川と目を合わせられた冒頭では色眼鏡を掛けていたし、自転車に乗せた時だって後ろの彼女が気になるものの顔を向けにくい。
 そんな状況を破るのが、自転車で疾走する西野というのが前振り十分で素晴らしい。「好きだった」と言おうとして言えなかった西野が、はっきり「好きだ」と言おうとした時にすっころんでしまう。彼女と顔をあわせるには、それくらいの覚悟は必要なのだ。
 さてしかし、二つの軸を繋げている背景も、この作品の要である。フキダシの中が真っ黒で白抜き文字のセリフがいくつかある。回想場面のモノローグも多くが黒ベタに白抜き文字である。それらは他の短編でも時に見られる癖であるが、では本作の黒といって目に付くのが星なのである(他でも描かれているけど白い星の印象はこの作品が一番強い)。
 背景に花っぽいものが描かれたり、綿帽子みたいのがフワフワ浮いてたり、なんかキラキラ輝いてたり、キャラクターの心象風景としてよく見られる描写だが、ろびこでは星型(あるいは星を連想される輝き)がよく用いられる。トーンワークで表現されていたり、拙い感じの一筆書き星型が描かれたり、雪の結晶のような形がキラキラしてたり。星といえば白く描くものだし、夜の場面ならば夜景と心象風景を交錯させることが出来る絶交の状況だろう。だが、本作の星は黒く塗りつぶされているのである。物語の分岐点となる公園の西野と赤川。西野の突然な行為に赤川が逃げてしまう。この時、公園の空に描かれている黒い星々。トーンを削ったりホワイトだかで点々付けた夜空のコマもあるけれども、ちょっと間抜けな手描きの星が西野の心情と合っていて、これは後に赤川パートでも彼女がとぼとぼと買い物帰りを歩く夜空でも描かれ、いい加減に描写された感さえある星々が、いざ山場となる告白場面で、見事な輝きを見せるのである。本当の夜空をモノクロに写し取ったかのような背景が見開きに広がり、その下で会話を交わす二人。輝きは二人の身体をも照らし、本心を分かち合えた嬉しさが絵にも表現された。
 星の印象はラストにも広がり、輝きは再び手描きの白い星になってコマの中を飛び交い満たす。読者の中に残っていた一抹の不安要素・西野の傍らにはべっていた女の子がオチとなり、その手軽な印象は、手軽な星々とこれまた見事に合っており、表紙の星に始まり星に終わる、結構キラキラしている作品なのだ。
(2008.2.18)

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