「GIANT KILLING」5巻

講談社 モーニングKC 第5巻

作・綱本将也 画・ツジトモ



 コミティア84で出したオフ本の一部「「GIANT KILLING」精読 対名古屋グランパレス戦精読」の補足的な文章だけど、それを読んでなくても通じる文章にしたつもり。詳しくはオフ版第2号で(宣伝)。
 さて、監督を主人公にしたサッカー漫画「GIANT KILLING」も5巻目。1巻から采配の妙と選手の力を引き出す手腕を見せ付けてきた監督・達海が率いるETUは、初戦の東京ヴィクトリー戦こそ可能性を感じさせる戦いを披露したが、チームの根底にこびりついている負け癖という膿を吐き出すための荒治療のように敗戦を覚悟した戦いを続け、根底たる守備の要・黒田と杉江に守備からはじまるサッカーを悟らせるに至った。
 連敗中とはいえチーム状態は上向いていた。そんな中で迎えた名古屋グランパレスとの試合は、ETUにとっても、達海にとっても、正念場とも言える。ここで結果を出せなければ、そこまでのチームであり監督に過ぎない。名古屋の戦い方を研究分析した達海が企てた作戦は、ETUが前年度まで標榜していたカウンターサッカーだった。だからといって、今までと同じ戦い方ではない。守備に徹するとはいってもゴールに蓋をする後ろ向きな守備ではない。劇中で説明されるとおり、名古屋の得意とする攻撃パターン・カルロス―ゼウベルト―ペペのラインを潰した上で決行する、攻撃的な守備だった。
 まずは両チームの主な陣営を確認したい。ETUはGKに緑川、4バックは、左から清川・杉江・黒田・石浜。SBには足が速く運動量が期待できる若手、CBにはETUのディフェンスラインをコントロールし、なおかつ守備の軸でもある杉江と黒田が名古屋を待ち構えている。守備的MF・ボランチには左に椿、右に村越が入る。続いて丹波、ジーノ、赤崎。丹波はあまり大きく描かれることはないが、左サイドの攻守には必ず顔を出している。赤崎は守備意識がやや低いものの、右ラインの攻守によく動いている若手だ。中央のジーノが劇中でパスの名手として描かれているのは周知のとおり、彼が攻撃の軸となる。守備意識の低さは問題とはいえ、彼の攻撃参加なくしてETUの得点はありえないだろう。1トップに世良。これまでの活躍は連敗中に奪った1点のみだが、他の若手たちと同様にピッチ上を縦横によく走っている。利き足が左足らしく、左サイドに寄ったプレイが目立っている。
 一方の名古屋。ボランチがカルロス、一人で攻守の橋渡し役をこなしてしまうパワーを持つ。攻撃の軸はゼウベルト、カルロスとの連携が決まれば名古屋の得点パターンがほぼ完成するといっても過言ではない。左サイドにキャプテンの谷。献身的な走りが顕著に見られ、ゼウベルトとの連携も安定している。右サイドは関根だが、右FWのペペの周辺にETUは守備を固めており、彼の活躍も封じられている。FWは2トップ、ペペが右で左が板垣だ。ペペ対策がために、ETUの右・つまり左FWの板垣の前にはスペースが大きく開いているが、これも劇中で達海によって解説されるとおり、いわば囮だ。板垣の動きを熟知した黒田がこの広いスペースをカバーしている。
 システムは劇中で細かく描写されているわけではない。読み進めていくうちにわかってくる描かれ方である。だれがどのあたりにいる選手なのかは、感覚的に理解できればいいのだが、理解させるための描写も当然必要となるだろう。さもなければ、突然選手が現れた、と思われてしまう。
 5巻ではゼウベルト(谷)―板垣の名古屋の左サイドからの攻撃がよく展開されている。自然、ETUの右サイドの選手がよく描かれることになる。この名古屋の攻撃に対する選手としてよく登場するのが黒田と石浜、村越である。ここから彼らが右側にいることが推測できる。特に石浜はラインを駆けている姿から右サイドの選手だと容易にわかるだろう。右の赤崎は小さな姿が描かれていることが多い。谷のチェックに行く描写もあるが、石浜や村越に比べると守備の描写はほとんどない。彼を守備意識が低いと述べたのはそういう理由からである。それに対して丹波は守備にも積極的に参加、ゼウベルトに向かったり、関根を追ったりと走っている。ペペが後ろにいる、という意識が彼をそうさせているのかもしれないが、ペペ一人に杉江・清川とDFが釘付けにされているためにETUの左中盤のスペースが空きやすいのも丹波を下げさせている要因だろう。本来であるならば左ボランチである椿が埋めなければならないスペースだが、彼自身が特にゼウベルトへのチェックを監督に命じられているためにままならない様子だ。
 こうした読み方(素人分析だけど)が可能なのも、ひとコマに多くの選手を描く傾向があるからだ。選手が今どこにいるのか、それを想定した描写が徹底されている。だから個々の選手に寄った場面が描かれるにしても、大抵その前に俯瞰図のような描写があるので、その後の選手の動きをシステムや監督の戦術から推測できるのである。テレビ中継がボールを中心に選手の動きを追うように、マンガにおいてもボールが中心に置かれやすいけれども、パスを受ける選手は、システムに従ってただじっと待っているわけではなく、スペースやパスを出しやすい場所に動いているものだし、相手はもちろんそれを防ぐ動きをしてくる。ボールから離れた場所で選手がどれだけ激しく動いているか。これは、コマの外でどれだけ選手が動いているかを読者に想像させることが出来るのかに通ずるだろう。
 1巻で描かれた紅白戦で達海が選抜した若手組が村越を中心としたベテラン組を圧倒した理由は、若手組がシンプルな戦術を貫いた結果だった。何故このキャラクターはそんな動きをしたのか? 戦術解説でつまびらかにすることで、読み手にもキャラクターはこう動くという単純な理屈がほの見えてくる。選手同様に読者にもシンプルな読み方が示唆されているわけだ(そしてこの作為は、読者をミスリードする上でも有効だろう)。
 名古屋戦でシンプルな動きを貫く代表が椿である。彼の覚醒場面は鳥肌ものだったけれど、「ペペが一対一になりそうなときは迷わず最終ラインまで走れ」という達海の指示が、椿に名古屋の決定機を奪う献身的な走りを生んでいる。後半、フリーになった板垣が左サイドからETUゴールに突入、クロスを入れるかシュートを打つかという局面になって突然、椿が現れた。彼のこのプレイは、達海の先の言葉はもちろん、2頁前のコマで断ち切られているとはいえ、自陣ゴールに駆け戻る姿が描かれていた(単行本化に際して裁断されたのか下半身のみ。雑誌掲載時は全身が描かれていた可能性がある)。この1コマにより、椿はその後どの場面に絡んでくるかが予測できるわけである。これは椿の先制点の場面でさらに顕著であることは一目瞭然であろう。ペペへのラストパスをカットした清川が前方を向いたとき、そこにはすでに相手陣内に向かって走り始めている椿と、ピッチの中央付近でカウンターを待つジーノが描かれていた(ちなみに、ジーノは歩く姿がよく描かれているけど、何気にパスコースを埋めたり、スペースに動いていたりと動きに無駄がない)。椿の先制点は、このときすでに演出されていたのである。
 椿の走りをコマの中で捉えるには限界がある。常に状況判断を求められ攻守が激しく入れ替わるサッカーの場合、特にスピードに関する表現は、コマを費やせば費やすほど速度を感じないスローモーションのような印象さえ与えかねないし、どのプレイをどこまで描けばいいのかは難しいところだろう。椿の動きを予想させつつ描かないことで、自陣から一気に相手ゴール前まで詰めている彼の姿を見事に想像させた得点場面だ。
(2008.5.12)
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