三好宏平
「ハナバス 苔石花江のバスケ論」2巻で学ぶ現代バスケ その2
講談社 KCデラックス
明らかにされた主人公・花江の天才的なディフェンス能力は、2巻において2 on 2という形でチームプレイへの対応を試されることとなる。1 on 1の相手だった夏凛と組み、先輩でありチームの得点頭の藤と初心者の小緑がペアを組んだ2人との対決は、どのようにして描かれるのか。小緑が実際にプレイする場面を取り入れることで、戦術の重要性が如実に現れる挿話ともなった。次の練習試合への布石もあり、しっかりと段階を踏んでバスケを描きつつ、花江の変化もまた見どころだが、さりげなく描かれているバスケについて、素人なりにまた調べてみた。
・シリンダー
2巻13頁
初手、オフェンス側の夏凛の前にディフェンス側の小緑が付くと、手を広げて行く手を遮ろうとする。この時、藤の掛け声がディフェンスの態勢の基本となるシリンダーを意識した動きを暗に説明していた。
シリンダーとは、プレイヤーの身体を円筒状の空間とみなした、その空間のことを指し、その中での動きは基本的に自由に認められている。攻守のプレイヤーに関係なく、その空間は意識され、そこから身体を出す行為は反則を取られやすい。「手ぇ下ろしたら あかんで」というのは小緑が手をシリンダーから外に出さないで、という指示であり、外に手が出ている状態で夏凛に触れれば、当然、小緑の反則となる。
もちろん夏凛にもシリンダーの意識はあり、ボールを持った状態とはいえ、シリンダーからはみ出して小緑に対する身体の接触があれば、オフェンス側の反則となる。
・ローテーション
2巻14頁
ヘルプディフェンスを機能させるためにローテーションが重要となる。2対1となれば、当然、オープン(フリー)のオフェンスの選手が生まれることになり、そこへパスを決められてしまうリスクも生じる(実際に2 on 2の最後の場面・藤から小緑へのパスがそれである)。ディフェンスは、オフェンスに対して常に誰かがマークできる状態をローテーションで行うことで、攻撃の起点を作らせない(あるいは停滞させる)のだ。
一方、夏凛と花江のペアだが、夏凛が藤にマッチアップし花江はその後ろで夏凛のフォローに回り、夏凛が抜かれた展開に備えており、小緑は全くのノーマークだ。小緑へのパスは、虚を突かれることとなった。
・シザースパス
ハンドオフともいう。シザースパスは、直接手渡しして味方にボールを回すことで、パスカットされるリスクがない点が大きく、経験の全くない小緑にもできる技術であり、藤はそこを突いたと言えよう。相手に対するフェイクでもあり、劇中のようにドライブすると見せかけて、ディフェンスをはがし、オープンシュートする機会も作れよう。
また、夏凛が藤に付いていった場合、後に34頁で夏凛と花江が仕掛けたスクリーンにも応用できる。もしそれが描かれていたとしたら、藤に付いていく夏凛は、小緑と藤が交錯した際、夏凛は小緑に進行方向をふさがれると、藤から夏凛というディフェンスがはがされ藤はフリーになる、という局面が描かれたことだろう。
・アリウープ
言及こそされはしないが、小緑のパスを空中で捉えてそのまま着地せずリングにボールを送り込む得点場面は、アリウープと呼ばれる高度な技術である。プロでは空中でキャッチしてそのままダンクシュートを決める、という豪快かつ迫力あるシーンとして取り上げられることも多いが、ダンクシュートに限らず、着地せずシュートを決めることを全般的にそう呼ぶ。劇中の得点も見事にアリウープであり、小緑のパス精度の高さは、チームにとって大きな武器になりそうな予感を感じさせてくれる意味で、藤の躍動感溢れるかつ冷静沈着なプレーと技術力の高さとは別に、物語にとって楽しみなキャラクターが生まれた瞬間でもあった。
・スティール
2巻49頁
シリンダーから身体を出して相手に触れると反則を取られやすいと説明したが、ボールに触れれば問題ない。しかしながら、大抵、相手もピボットをして手を出されないように身体や腕を激しく動かしているので、花江のようなプレーを試みても相手の身体・このような場合は相手の腕や手をボールと一緒に叩いてしまい反則となるだろう。花江のプレーの異常さと速さが理解できる。
その後、ペイントエリア前で進行方向に立ちはだかって素早く身体を入れる花江だが、フィジカルでは及ばず、すでに藤に対して押され気味の態勢であるところ、夏凛がフォローに入り、ダブルチームと劇中で解説されるディフェンスで応戦する。
個人的には、その直前の夏凛のポニーテールだけに焦点を当てたコマが好みである。試合開始直前に、気合を入れた夏凛の表情の次のコマでたなびくポニーテールが描かれており、ここでも夏凛が颯爽と登場する演出として、効果的に使われている。
・小緑の呼称
些細な点ではあるが、藤が「つぼみちゃん」と呼んでいる小緑に対する呼称も、次の挿話では「小緑ちゃん」と変わり、以降、藤はその呼び名を通していく。後の版で修正されるとも限らないが、現時点では何故、このままなのか。
推測でしかないが、夏凛が花江に友達宣言する場面で、「私のことも マロンでいいし」とあだ名で呼ぶことを求める「ポポポ ポーン」と花咲き乱れる花江大感激の場面により、あだ名あるいは下の名前で親しく相手を呼ぶことが関係性の一端を示していることから、安易に小緑を下の名で呼ぶことは、二人の関係性から早計と判断されたのだろうか。
・戦術
1巻の1on 1で個人の力量を描くと、2 on 2ではチームワークと戦術が描かれた。夏凛と花江が掴んだ得点場面で、作戦を互いに練りあった仲間も一緒に喜んでいる場面が素晴らしい。その後、実際にどんな作戦会議だったのか、タイムアウト中の様子が作戦盤を使って説明されるわけだが、基本的に誰が誰にマッチアップするのかは、背の高さ・フィジカルが同じ程度の体格で組むものである。長身の藤に小柄な花江を当てるのは、当然ミスマッチであるため、水神が「奇襲にしたら効果ありそう」と発想は認めつつも苦言を呈するのも道理である。
さて、2巻後半から始まる練習試合・爽女戦は、実戦の描写であり、これまでとは半端ない情報量が詰め込まれている。それについては、また改めて解説並びに感想をつらつらと書いてみたい。
(2025.9.1)
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