ヘルシー

集英社マーガレットコミックス「スターレスブルー」より

アルコ


 久しぶりにべたべたの少女漫画を読んだ。高校生の恋人同士が織り成すどたばたダイエット模様が「ヘルシー」である。短編集「スターレスブルー」に収録されたこの作品、すべてに高校生のお話ばっかりで今時の女子中高生にはきっと受けるんだろうなっていう台詞まわしとお約束場面(見詰めあって背景キラキラ)・少女漫画に対する偏見そのままの描写あり・運動音痴あり(バットの持ち方が変なのは基本)と、なんだかあまりに期待通りの内容でびっくりした。もちろん、それだけでは人に一読を薦めるほどの印象は与えないわけで、アルコの味っていうのが冬野さほそっくりの絵柄で俄かに砕ける日常描写なのである(……というか、他の少女漫画を知らないからわからないんだけど、もしかしたら冬野さほ風が当世の流行とか言うのではあるまいな……不勉強相済まぬ)。
 きれいに描かれた登場人物の線が崩れてギャグめいた展開を伝えるっていうのは他の漫画でもよく見かける手法だが、アルコの場合は崩れが主ではないかと思うほど生き生きと人物が動いているのである。偏見ついでに言うと、動きが少なく人物中心の心理描写な少女漫画のなかにあって、心理を絵柄の変化で表現しようっていう試みが・台詞や語りに頼らない雑ともいえる絵が小さなコマに描き込まれている所がたまらなくおかしいのだ。表題作「スターレスブルー」ではそんな一面が抑えられていて、なんだか平凡な恋愛成就漫画という感想では、やっぱりこんなものかと諦観しかけたところで「恋情孵化」を読んでアルコへの評価が一変したのである。このほとんど雑で稚拙めいた・それでいて冬野さほを感じさせる絵本めいた・つまりこぎれいな絵も崩した絵もどちらもイラスト画のようなので、決して斬新な漫画ではないし少女漫画への偏見を見事に満たしてくれる正統派なのであるが、それにつけても手癖で描かれたような筆致のしょぼさ加減がたまらない。
 内容に関しては正直な話、突付けばボロボロと欠点が出てくるのだが、そんなことをいちいち挙げるよりも何より笑ったのが、93・94頁の姉弟の対決である。「ヘルシー」は主人公・晴(はる)とその恋人・市川の食道楽に明け暮れた展開が前半にあって、かの場面がその軸のひとつたる物語を次へ転がすきっかけの場面なのだが、ここの描写のあまりにごちゃごちゃした濃密さは雰囲気におもねるような展開ではなく楽しんで描いている様子を目の当たりにしているような感覚・作者の感性を直截脳に覚醒できるのである。スクリーントーンがちょっと煩いけど、この2頁・夕食時のおかずの取り合いに晴が勝利し舞い踊るところで父が帰宅すると「母さん、ただいま」と晴の後姿を母と見間違えて太った母登場すれば続けて弟「ほぼクローン」のからかいを晴はぶんなぐって体重計に乗るや否や8キロ増の衝撃に暗転、という休みなき展開の後にいろいろあってダイエットを決意して市川との食道楽を幾度も拒むが、市川は誤解して激昂する。その後仲直りしてめでたしめでたし、というわかりやすい内容であるが、ただ作者が非常に構成上で工夫している点が二つあって、それが単なる平凡な恋愛模様を意義あるものにしている、つまり行き当たりばったりのその場の思いつきでなくて、登場人物たちのそれなりの成長をきっちりと押さえているのだ。
 物語にはすべからく必要な要素なので今更のように言うこともないが、この点を見落としたままだと一読者として作者に失礼だし、作者にとっても軽視してはならない基本事項だと思っている。すなわち伏線である。108頁で再び相まみえんとおかずの取り合いに気勢を上げる弟に対して市川に嫌われたと思い泣き出す晴の場面が先述の2頁とつながって彼女の切なさを画面に滲み出す(やっぱりトーンが煩い……というか汚いぞ、これ)。落ち込んだ晴の姿勢は前頁の昼飯時から一緒だから、夕食までずっと悩んでいたこともうかがえる。「まだつきあっていない」と言う市川を受けて、晴は市川に「好きだ」と告白してあっさり誤解は解けるものの、その後市川が晴の涙をちょっとぬぐって頭をなでる場面は明らかに91・92頁(額についたラーメンの飛沫を拭こうと手を伸ばす市川と緊張し期待する晴だが、市川は半ばで手を止めて額を指差すにとどめる)を受けてのこと。こと恋愛物に関しての構成は練達でなければ少女漫画家としてやっていけんのだろう。
 手垢のついた内容も、語り口の個性によってこうも読後のさわやかな且つおかしなものになるという作品であり、そういうものを今後も描けそうな作家・アルコである。


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