炎の友情 映画を語るマンガたち その1

マクレーン「怒りのロードショー」

KADOKAWA



 ここ最近、映画について語るマンガを読む機会が増えた。「木根さんの1人でキネマ」が筆頭かもしれないが、かの作品の邦画ディスリには苛立ちがおさまらないし年間100本観るとかいいながら、映画館ネタが少ないのも、結局はビデオでしか観てないんだろ、てめーら!! と謎の上から目線をかましてしまうくらいである。あるいは「私と彼女のお泊まり映画」は、初めから家で鑑賞する映画ビデオと割り切っているだけに好感を持てるものの、連載公開時のネタを絡ませにくいという点と、女友達同志の仲良いさまに時折振られる百合ネタ展開と映画ネタの具合がどちらも中途半端で、面白く読んではいるものの、いまいち自分の映画の熱量と合わない感じに物足りなさを感じてしまう。
 そんななか、マクレーン「怒りのロードショー」は、広い意味で映画鑑賞の楽しさと語り方を捉え、多数のキャラクターにそれぞれ属性を与えることで、多角的な楽しみ方と作品としての読みどころの多さを提供している。
 ハリウッド娯楽大作大好きで特にドンパチ映画とシュワルツェネッガーに目がないシェリフ。ゾンビものから娯楽作品まで幅広く映画を愛しスピルバーグ映画大好きなごんぞん。映画の知識でついつい知ったかぶってしまうが実はプリキュア大好きアニメ大好きのまさみ。ホラーが苦手でみんなの仲介役も果たし、みんなそれぞれでいいじゃないかが決まり文句のヒデキ。そして、黒澤映画の信者で世の大衆映画への蔑視を厭わない村山。
 高校生の彼らの交流を通して映画の博識ぶりを披露するシェリフやごんぞんの映画愛を鑑賞しながら、他のキャラクターの思いがけない一言が、二人に火をつけ、あれを観てないなんて許せない!とばかりに、その熱はさらに増していく。映画にあまり詳しくないキャラクターを彼らの間に配することで、自然とその知識を引き出し、蘊蓄が滔々と語られる様子は、他の蘊蓄マンガと同様の面白さと痛さを兼ね備えている。
 この作品の特徴は、その痛さを、容赦なく炙り出すことにある。彼らは、キモチワルイオタク、として周囲から見られているのである。
 特に、まさみの姉の存在は強烈だろう。まさみは硬派でいかつい男子高校生だが、プリキャア大好き・シェリフの妹の小学生のトトちゃん大好きというロリコン趣味を隠しながらも、物語の進行とともに、その癖をあらわにしていく。トトちゃんへの愛情は、ちょっと危ないんじゃないかと思いつつ、プリキュアを語る彼の熱量は、シェリフたちが語るハリウッド映画の熱量と変わらないほど、いや、実際に変身ポーズをとるくらいの身振り手振りでの愛を訴え、トトちゃんとも仲良くなる挿話は微笑ましいくらいだ。
 だが、彼の姉は遠慮なく、ばっさりと、まだ映画オタクたちと付き合っているのか、さっさと関係を切れと慷慨してやまない。彼女のオタク嫌いの理由は不明だが、その口調や言葉遣いは、読者をして不愉快にさせるほどだろう。これは、スピルバーグ映画を偽善と決めつけ、ニューシネマパラダイスもクソ映画と罵る村山と同様なのであるが、趣味の話を切って裂くキャラクターの存在が本作のキーポイントとなっており欠かすことができないとはいえ、姉の弟まさみへの蔑視に対して、彼は表情を変えずに黙々とプリキュア愛を貫く様は、悟っているかのようでさえある。
 さてしかし、他人にどのように思われようが自分の好きなものを通す心意気は、何もまさみたちに限った話ではない。物語の冒頭、シェリフたちは、タイタニックやパイレーツオブカリビアを見てディカプリオカッコいい!ジョニーディップカッコいい!ときゃっきゃ話している女子を目撃するのである。彼女たちもまた、彼らとは違う側面で映画を語るキャラクターなのだが、彼らは蔑みをもって「うすっぺらいやつらだ」と言い合うのである。
 村山が何故シェリフたちの会話に割って入ろうとするのか、その一因が、彼らは自分と同類である、という意識だったのだ。
 村山はまくしたてた。「「タイタニック」を見てあんな恋愛したいとか言ってる女はバカに見えるよなぁ」「にわかシュワファンが「コマンドーコマンドー」ってうざいよな」「お前はオレと同じだよ 善人ぶるのはやめて オレ達は正直になろうぜ」
 ちょっと詳しくなると誰もが陥るだろうマニアにありがち素人お断りな驕りを、村山は直球で指摘したのだ。映画には様々な観方があることを理解していながら(劇中でもヒデキがさんざん言っていたことだ)、役者しか観ない彼女たちを自分たちより観方が浅いと断じてしまう。この挿話の前、彼らはまさみのプリキュアの話題に無邪気に付き合っていたはずなのに。まさみのプリキュア愛は、キャラクターの表面上の可愛さだけではないだろうが、好きなキャラクターについて語る彼は、直接はまってしまうきっかけはストーリーの面白さだと語るも、そもそもの視聴のきっかけはキャラクターの可憐な容姿にあっただろうことは「キュアソード!!」とはしゃぐ姿から容易に想像できる。
 シェリフは村山の誘いをはね退けた。偽善者と罵られようと、彼は村山のように悪口ばかり言うような後ろ向きの映画ファンではないし、特定の映画だけを映画と認めることもしない。どんなジャンルだろうと、どんな鑑賞の方法だろうと、否定したりなんかしない。
「じゃあ、邦画をバカにしてる「木根さん」も洋画ばかりセレクトする「私と彼女のお泊まり映画」も、あれはあれでいいんだよね」
 いいわけないだろーーー!!! 邦画もっと観ろーーー!!

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