赤坂アカ「かぐや様は告らせたい」10巻

右手はそえるだけ

集英社 ヤングジャンプコミックス



 天才たちの恋愛頭脳戦、という副題がもはやなんの体もなしていないストーリーギャグともラブコメとも言える本作の特徴は、なんといってもキャラクターの少なさであろう。生徒会室を中心とし、もちろん同じシチュエーションでキャラクター同士が会話をするという形式だけでここまでの長期連載になるのは例がないわけではないが、学園ものにありがちなエピソードを交えつつも、面白さを担うのはキャラクター同士の漫才にも似たボケツッコミ掛け合いであろう。そこで重要になるのがキャラクターがコマの中でどう配置され、どう描かれているかというマンガにとっての重要な演出、コマ割りとレイアウトにコマの中の構図である。
 8〜17頁わたって描かれる白銀と四宮の横に並んだ対話である。クラスのゴミ出しでゴミ箱を持って廊下を歩く四宮の隣に、さりげなく白銀が寄り添い、自分に好意があるかどうか確証を得るために大胆な行動に出るというのが大まかな筋書である。それに対し四宮が唐突にやってきた白銀のアクションに対してどうリアクションするのかというのが見所だろう。だがしかし、四宮にはルーティンという自分の感情を抑えるための仕草を獲得していた。そのため、四宮が思わず頬を赤らめてしまうだろうというような言動を浴びせても彼女に、全くリアクションがないことに白銀がショックを受けてしまう、というのがコメディとしての面白さである。では、具体的に二人の対話はコマの中でどう構図されレイアウトされてるのか見てみよう。
10巻8頁 左が四宮、右が白銀
 対話の冒頭は8ページ 4コマ目の二人の構図である。向かって右が白銀、左が四宮、これが基本のレイアウトとなる。白銀の主観として物語は進行するため、彼のモノローグによる内面の解説により四宮とのやり取りに対する成果が確認される。また、本作にはキャラクター以外の解説役が存在しており、第三者の言葉として四角に囲われたナレーションとして物語の細部を過剰に説明したり煽ったりツッコミを入れたりする。ここでの見所の一つは、白銀が果敢に四宮を揺さぶろうと試みるが実はルーティーンによって表面上は通じていないと突っ込むナレーションにあるが、一方で無反応の四宮の内面を読者が容易に想像し、ラブコメの波動を感じてニヤニヤしながら的確なナレーションに読者が相槌を打つ流れもある。白銀と四宮の対話であると同時に、白銀とナレーションとの対話でもあるのだが、白銀がナレーションに相容れることは一切ない(もしあるとすれば、それはメタフィクションになるだろう。またストーリーギャグマンガであれば、あっても全然不思議ではないが、本作は、時間の流れやキャラクターの実在感が現実に即しているため、そのようなハメを外すことは今後も考えにくい。まあ、別のキャラクターが登場してナレやってましたってのもなくはないが、それはまた別の話)。
 では、右と左の位置関係から想定される問題は何か。白銀が見詰める四宮の顔は常に顔の左側であり、四宮が見詰める白銀の顔は常に顔の右側である。当たり前すぎるが、ここに障害物が壁としてはだかるものがある。四宮の右手である。
 四宮のルーティーンは右手で左の頬に触れることである。白銀は彼女のその動作になにも思うところはないようであるが、読者はその右手の意味を知っているし、ナレーションもすかさず指摘してツッコミの役割を果たしている。この状況下で知らないのは白銀だけという設定により、ほとんどピエロのように白銀は笑われる対象となる。
 しかもここで見逃してはならないのが、もともと四宮は両手をゴミ箱を持つために塞がれていたということである。四宮に近づくための口実として致し方ないとはいえ、偶然にも白銀は障害物を自ら四宮に与えてしまったのである。もちろんラブコメであるから、そんなことを深く考えずに二人の対話を楽しんでみれば良いのだが、作者の作劇術を想像するのも、マンガを読む一つの楽しみなのだ。
 さて、 だからといって四宮が冷静でいるわけではない。彼女の内面は後にわかりやすく解説されるわけだが、ゴミ箱を白銀に手渡す際、白銀がわざと手を添え、手を触れてきた接触以降、四宮の表情に変化が現れる。目である。目が真っ黒なのだ。本作のキャラクターの目は、瞳が丸く描かれ点目に近くもある白銀・早坂のような猫目と、眼全体が黒く塗りつぶされ、虹彩なのか瞳の光なのか判然としないがカラー絵だと大きな瞳の光だとわかる、黒眼の下の約三分の一を波のように光っぽいものが白く描かれる傾向のある女性キャラクターたち・とりあえず光る黒目と呼ぼう、その中間の石上は例外として、大きく二種類に分けられる。当然、白銀と並んだだけの状態・引用図からも四宮の目が光る黒目であることがわかる。
 それが白銀と接触した直後、下図のとおり真っ黒目になるのである。
10巻10頁 四宮の黒目
 光る黒目は、びっくりしたり怒ったときは点目に、恐ろしいことや殺意めいた感情・あるいは逆に無感情な状態の時は真っ黒目になる傾向がある。心理的動揺を必死に右手の壁で支えている描写でも、無感情に近い態度として、真っ黒目が描かれたわけだ。
 身体接触にも動じないと思い込んだ白銀は、次弾を装填、すぐさま撃ち放った。「四宮って 綺麗だよな」
 唐突な告白。このセリフのコマで四宮は右手を左頬に添えながら白銀に視線を向けている。四宮の無表情を描きつつ、白銀の表情はコロコロと変化して描かれる。少し照れて頬を赤くしたり、焦ったり慌てたり。かなりの動揺っぷりである。けれども、四宮はそれに気づいた様子がない。何故気付かないのだろうか。いや、気付けないのである。表情を無に保つのがやっとで、「中身はさっきから こんな感じである」というナレーションにより、四宮もまた、白銀同様に頭の中はひとりで動揺しまくり照れまくりであることが知れるし、それは読者が待っていた公然の秘密みたいなもんである。「四宮は美人だって」という言われる事態に至っては、ずっと支えていた右手でさえ防ぎようのないダメージが四宮を襲う。目立って描かれることはないが、彼女の目がびっくりしたときにありがちな点目になりかけるのである。
 白銀視点で読んでいた展開が、四宮がどれだけ彼の褒め言葉という攻撃に耐えられるのかという視点にナレーションによって移行し、読者は白銀よりも四宮の変化に注目していくからこそ、この点目が効果的である。そうして読者の意識が四宮に移行したのを見計らったかのように、四宮の褒め言葉が白銀を直撃するのである。
 だがここで、右と左位置関係に違和感が生じる。下図である。
10巻16頁
 マンガのコマ位置の関係上、致し方ないのか、白銀に四宮の言葉が図の2コマ目に逆の位置から聞こえるように描かれる。もちろん読者は位置関係を見誤ることはないし混乱もしない。コマの配置の都合や視線誘導なども考慮すれば、自然だろう。白銀の真っ赤な顔をこの頁の最後に持ってくることで、次頁の四宮のセリフが一層強調される運びである。だからといって、この関係が崩されてはレイアウトの意味をなさない。二人の対話はゴミ捨て場に到着することで、一端小休止することになる。
 その後の対話は、四宮が右手を添えながらも赤くなってしまうほどの照れまくった言葉によって二人の内面は歓喜、ラブコメの面白さを堪能して終えるわけだが、位置関係がぶれた直後に場面をゴミ捨て場にして配置をリセットしてしまうことで、違和を感じさせる暇も与えずに次の展開に進む。読者にとっての小さな変化が場面転換という状況の変化にすり替えられることで、廊下から外のゴミ捨て場までの、本来ならば長い間を、白銀の愕然とした表情の印象を強烈に引きずることもあり、わずかに生じたであろうレイアウトの変化を気にもしないし問題にさせない力業なのである。といって、この違和を消すためにコマを縦に並べてしまっては、確かに位置関係は崩れないかもしれないが、二人が並んでいるという構図に狂いが生じてしまうかもしれず、マンガのコマがいかに平面に支配されているか、マンガ家がその二次元の中でいかに三次元のレイアウトを構図に収めようとしているのか、その苦労が垣間見える。何気なさ過ぎて単なる対話に思える場面にも、キャラクターの変化を織り交ぜつつ、主観や視点の変化で読者をいざない、ナレーションで誘導しつつ、物語の展開と絡めたネタを仕込む。今回詳しく読み込んでみて、少ないシチュエーションでも飽きないラブコメが長期連載する理由に、少し触れた気がした。

戻る