小森羊仔「木陰くんは魔女」1〜2巻

集英社 マーガレットコミックス

夢の記憶



 絵柄に惹かれて読んだ「シリウスと繭」は、抒情的に男女の恋愛をやさしく描いた作風で好感を抱いたが、あまりにも繊細で脆さも感じていた。続く「青い鱗と砂の街」は途中で読みやめてしまうほど、私には印象が薄かったのだが、小森羊仔の新作「木陰くんは魔女」は、今までの作風を物語に残しつつ、ファンタジックにラブコメ展開のノリで勢いよく、1巻のはっちゃけた表紙からして、躍動感あふれる楽しさ満点の作品である。
 勢いだけではない。1巻で伏線を少しずつ蒔いて1巻の最後の挿話で一気に謎を加速させ、ただのラブコメでない宣言がされると、2巻から様相が劇変し、2巻を読み終えると、いろんな物語要素をぶちこみながらごちゃごちゃせず、一本の軸に向かって整理される手さばきを見せつけられ、切なさが余韻として次巻を待ち焦がれる状態になること請け合いなのだ。
 抽象的な麗句を述べても伝わらないだろうが、恋愛漫画の主人公なのだから当然好きになったり好かれたりするという当たり前の展開をネタとして扱い「この漫画 少女漫画だったみたい!」というメタ発言も辞さず、これまでの落ち着いた作風からは想像できない画面で物語を彩るのである。
 それでも物語の骨格は頑丈である。
 ボロ団地に住むことに劣等感を感じる高校生の夢子は、ある日、母に頼まれた回覧板を管理人に返すために団地の屋上に向かった。管理人は、屋上を森にして一人で暮らす青年の木陰くんだ。
 管理人ならこの森をなんとかしろとまくし立てる夢子にたじたじな木陰くんは、この森の植物は薬草として必要なもので、自分は見習い魔女なのだと説明する。もちろんいきなりそんなことを言われて信じるわけがない、しかも男で魔女ってなんだよ。
 とりあえず押し付けられるように貰った変な石を抱えて家に戻る夢子。パンツ一丁で部屋の中をゴロゴロし、お菓子ポリポリ部屋の中は散らかり放題、1巻の表紙(フォークをくわえてお菓子に囲まれている)よろしく、食いしん坊ぶりがうかがえるわがまま女の子として描写され、こいつがヒロインかよ(笑)とコメディ展開を予想しつつ読み進めると、変な石の魔力が発動し、夢子は彼が魔女……かどうかは置いといて、魔法が使えることを信じるのだ。
 しかし、彼は魔女になろうと思えばなれるのであり、魔女になればもっと強力な魔法が使えるようになるのだが、魔女になるには、悪魔とオルギアという儀式をしなければならない。木陰くんは何故その儀式を拒み続けるのだろうか?
 という導入部から、物語は二転三転してさまざまな物語の顔をのぞかせてはジェットコースターのように突っ切っていく。この爽快感たるや、読者を飽きさせないどころか、あれってなんだっけ……これがあれだったのかと、ネタバレを恐れるために曖昧な書き方しかできないが、ちょっとした違和感を残しつつ、それが次で解消するも間もなく次の違和感や謎が登場し、読み進めたら止まらない展開が巻き起こるのである。
 もちろん前述したとおり物語の筋は一本通っている。夢子の首に巻かれた十字架っぽいアクセが付いたチョーカーや、イケメンモテモテ男子高生として登場する悪魔が夢子から抜き取った物など、あれ?なんか変じゃね?という布石を残しつつ、2巻の種明かしで全てが符合し、夢子というはっちゃけたキャラクター性のこれまでの言動そのものが物語の主題の一部でありることが明かされるのだ。
 さてしかし、本作はオルギアという儀式・単刀直入に言えば悪魔(男)とセックスすると魔女になるという設定がかなり効いている。
 当初、男とそんなことするの嫌だという理由に思えたし、実際に嫌だろうなぁと納得できるのだけれども、木陰くんの後輩として2巻に登場した女の子・萌(もえ)が執拗に木陰くんに迫りまくる挿話において読者は、それが単なる面白設定の思い付きではなく、物語の根幹に関わる重要な主題であることに気付かされるのである。
 そして、あれ?という違和感は、主人公自身にも向けられていく。このキャラクター、なんかあるぞ? 悪魔のイケメンとの絡みからして何か変だったし、親友として登場する七緒も意味深なカット割が当てられるようになる。となると、夢子の母親はどうなんだ? ……なんだかすごいことになっちゃうんじゃないか……
 1巻の最終話で夢子の夢として見せられる物語の骨格の断片は、2巻で明かされる真実の重要な伏線として・また読者の期待を煽る効果として覿面だ。1・2巻同時発売ということで、この1巻の引きだけでも十分に続刊を読む動機になるけれども、2巻の引きはそれをはるかに上回る展開で、お菓子大好き貪欲な夢子の表紙と、膝を抱えて暗いっぽい木陰くんが並ぶと、この両極端なテンションも物語の一部をなしており、一体どこまで計算された物語なんだろうかと感嘆する。
 ラブコメでありながらサスペンスチックであり、どたばたスラップスティックしながら繊細な恋愛を描くこの作品が思い描くキャラクターたちの夢は、どこに向かうのだろうか?

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