「レベルE」

単行本は集英社ジャンプコミックスから全三巻

富樫義博



 軽快で愉快で長すぎず短すぎず、なにより手作りの味わいが読んで気持ちいい「レベルE」の魅力は、登場人物をことごとくコケにするバカ王子です。王子の言動は、それこそ読者まで巻き込んでしまう作者の遊び心あふれるだまし絵の連続で、どんでん返しは何度読んでも面白く、むしろ読む度に印象が変わったり発見があったりする昔のおもちゃのような愉しさがあります。
 最初の三話でいきなり見せてくれる小気味よい展開、無駄のないコマ運びに王子という人物の性格を凝縮してみんなを翻弄する、それは作者の「真面目な」態度に他なりません。即興のない、じっくりと練られた物語はときに自己中心的な展開になりがちで、作者ひとり(つまり主人公ですね)がはしゃいでまわりがただ振りまされるばかりの内容とあっては、読者はついてこないし人気もなく、説教臭くなって終わったり、仮に人気があったとしても適当に登場人物を動かすだけで創意なく発展しないし、記憶に残らない作品になってしまいます。ところが、この作品はじっくりと描かれたにもかかわらず、そういった危険に陥いっていません。それは「真面目」だからです。
 たとえば、お笑い番組のリハーサルを想像してください。笑わせるために出演者たちは「真剣」にこれから行うコントの演習をするのです。適当な態度では作れない笑いがそこに秘められています。何人かのタレントを集めて適当にしゃべり散らかして「はい、おしまい」という安易さではなく、笑わせるために、まず自分が笑うのではなくて、自分が真面目になること。これが大事なんです。漫画をひとりで描く作業は心労の連続です。背景やまわりの人物はアシスタントに任せて「はい、おしまい」、人気キャラをはべらして「はい、おしまい」ではなく、一からひとりですべてを描ききる力、この作品は月一連載でしてから、最初の三話は単純に三ヶ月かかっています、構想はとっくに出来ているのに、それを明かすのに三ヶ月も要する、はやくみんなにしゃべってしまいたい欲求も抑えて、ひたすらペンを操る。勝手に想像してしまいましたが、もう私には堪えられません。でも作者・富樫義博はやってのけました。真面目に好き勝手なことをやってしまいました。これだけで立派です。
 読者をだましてしまう漫画はこれだけではありませんが、どんでん返しは過ぎると単に都合の良すぎるとってつけた展開になってしまいます。この作品は最初の三話で王子の性格を強烈に印象付けることにより、最後になにかあるのではないかという期待を膨らませ、その期待をあっさりといなして裏切ったりコケにしたり遊んだりしてしまい、二重のどんでん返しになっていますね。これは、バカ王子という登場人物を創造し得た作者の勝利です。この人物ひとりでいろいろ遊べてしまう、この嬉しさは「幽遊白書」のヒットより大きいと思います、それが作家というものでしょう。
 そして最後にはバカ王子さえだましてしまうという凝りようです。作者の作品にこめた気合が伝わってきて、またしてもだまされた、という爽快感があります。これはあらかじめ用意されていた話でしょう。それこそ、全部の話が描く以前に決められていたかもしれないほど、よく練られた構成になっていて、絵もときにおちゃらけて遊んだり(クラフトの深層心理なんか傑作ですね)、ボケと突っ込みが多くは小さなコマで展開されていて無駄話にページを割くことをしません。
 私が感心した話は最初の三話(これは何度読んでも味わえます)と、最終話です。第一話の冒頭から、最後の場面が大体想像できてしまうのですが、その最後に用意されたナレーションまでのだまし絵にはまいりました。「地球もだいぶ変わった」ことに王子が驚くことを思い描いている雪隆と美歩をよそに、そのすっかり変わった地球で誘拐組織に襲われ自分がかつて作った失敗作の虫に救われる(もっともこれすら王子の計画だったのではないかと考えてしまいますけど)展開に、読者は最後までコケにされるわけです。どこかの星かと思いきや、そこが北海道だったというのですから、王子の「おもしろ地球大改造計画」はひそかに進行していて、宇宙人のいる日常が当然になったのも、おそらく計画の一部だったのでしょう。それになかなか気づかない雪隆と美歩、そして読者の皆さん、すっかりだまされてしまいましたね。

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