珈琲「のぼる小寺さん」2巻

講談社 アフタヌーンKC

輝き



 ボルダリング部に所属する小寺さんを見詰める男子生徒たちの視線から始まった珈琲「のぼる小寺さん」も1巻の後半から小寺さんの視点をストーリーに介入させ、小寺さんとその周囲との関係が描かれていくことになった。それにより、これまでミステリアスな存在として物語の中心で輝いていた彼女が、ごく普通の、スポーツ少女であることが明らかにされていき、キャラクターとして自立していく。
 けれども作品の原点はやはり彼女を見守る誰かの視線である。2巻でも好意であれ好奇心であれ邪心であれ、彼女を見詰め続けることで、自分自身を見詰め返されるような錯覚に陥る男性たちの優しさは健在である。
 その前に、彼女に惹かれて同じ部に入ってしまった四条が初めての大会で、皆から見られることを意識する挿話に触れておこう。
 13話から15話で描かれた大会で小寺さんの実力が読者の前に披露されたわけだが、素人のまま流れで入部した四条にとっては、そもそも登ること自体が至難であった。練習を通して小寺さんと仲良くなれたものの、それだけでは満足できない自分に気付いた。壁を前にしたとき、ゴールまでの道筋ははっきりと見えないけれども、小寺さんがいつも眼前にしている景色を、四条を通して読者は体感する。もともと小寺さんのモノローグがないため、どんな気持ちで登っているのかは想像するしかない。もちろん、それが作品のひとつの愉しみであるわけだが、四条の挑戦に際して、物語は彼の独白でもって、壁を登るということの困難を手足のリアルな疲れを描くことで表現した。
 そして102頁である。ぐいっと伸びた腕が観客・読者の予期せぬ展開によって注目を掻っ攫う。小寺さんを見詰めていた緊張感がいざ自分に降りかかったときの身動きの取れなさが、このとき解放されたのだ。もっとも、その高揚感も一瞬でしかなかったわけだが、この時、彼は初めてボルダリングの魅力に目覚めたのかもしれない。人目を気にせず、ひたすら高みを目指す、その直情めいた真剣さが小寺さんの魅力なのだから。
 では、見られている小寺さんの描写は、どのように彼女を解き明かしていくだろうか。劇中、最初に彼女の魅力に惹かれた卓球部の近藤は、夏休みの部活にも熱心に参加することで上達、一年生の中では誰にも負けないほどになったと自負する。がんばったって誰も見ていない、と自嘲しながら、誰に見られなくても黙々と練習をする小寺さんにあてられるのも無理はない。
 その日、近藤は思い切って休憩中の小寺さんに声を掛けた。体育館の扉の、そのひとつに出来た木陰で、カフェオレを飲んでいる彼女の横に、距離を置いて思い切って缶コーヒー牛乳を片手に座るのである。ゆっくりまったりとした時間。
 小寺さんが歌う歌は何だろうか。「フーンフ フーン 箱根にしよ〜」
 ちょっと彼女、箱根に行こうよ、めったに乗れないロンスカーで。なんて気楽にデートに誘える度胸なんて近藤にはもちろんない。それでも何か話題を作らなければならない。夏である。そのまんま「夏だね」と言うと、距離感がぐっと近付いて「そうだね」と満面の笑みの小寺さんである。他愛ない会話で一気に距離が縮められたような錯覚があるし、その感覚を読者に感じさせる演出だ。セミの泣き声がコマの端々に描かれる中、小寺さんは芭蕉の句を引き合いに、夏は閑かである旨の感覚を話す。驚く近藤だが、耳を澄ましていくと、次第に周囲の音が暑さに吸い込まれていくように消えていく。
 さてしかし、実際、近藤は小寺さんをちら見しているだけで、静けさを感じているのは彼女を見詰めているからである。缶ジュースから伝わる冷たさ。無人の校舎の廊下。セミ。飛行機。集中すればするほど意識は景色に拡散して雑音が消えていく。セミであろうが、飛行機であろうが、小寺さんの意識には登らない。彼女が感じているのは、じっとりと噴出す汗の大元である太陽なのかもしれない。ページをめくると、カッと照りつける陽射しが描かれた。
 構図がいいんだよね。二人の背中。似ているけれども、見ているものは実は違う。そして体育館の暗さと、空の明るさの対比。空にまで登った小寺さんの意識が、一瞬、近藤の意識さえも上空の太陽にまで一気に連れて行く。確かに、二人は夏の静けさと眩しさを共に感じたのだ。
 そんな意識の共感があったことにすら気付けず、残念ながら、そうは言っても近藤は小寺さんの可愛らしさに夢中なのである。近藤の反応が気になった小寺さんがぐっと彼に顔を近づけると、その顔のアップのほうが、近藤にとっては眩しいのだ。
 そんな異性の感情なんて眼中にない小寺さんの目指す場所は、より高みでしかない。部として参加したオープン大会で予選を通過した彼女は、決勝戦でこれまでの集大成とばかりに大勢の視線を小さな背中に浴びながらクライミングにトライする。
 最下位に近い結果で予選落ちした四条のモノローグが小寺さんのトライに被さる。何度か落ちて失敗する彼女が時間制限一杯で賭けた最後の機会である。ひょっとしたら登れるのではないか? そんな期待に反して、縦長三分割されたコマの中の小寺さんは、宇宙のTシャツをはためかせながら、落ちていく様子を捉える。四条の尊敬に近い眼差しの言葉。顔を上げた彼女の表情に引き寄せられた。
 観戦者に対して常に背中を向けているために、その顔は読者だけが知ることができるカットである。赤みがかった頬に少し上気しているように見える身体から吐き出された小さな息。悔しさよりも、全力を出し切った満足感がうかがえる。
 ああそうか、練習中は壁に向かってばかりだから、彼女を見詰めてもいつも背中しか見えていない。だからこそ、彼女の表情をうかがえたとき、負の感情が全くない昂揚感に輝く微笑に触れ、自身の不浄を悟って恥じ入り、宮路(大会優勝者にして女子の人気者)は練習に励み、近藤や四条は彼女の虜になってしまうのだ。
※箱根の部分で、杏窪彌(アンアミン)「箱根にしようか」の歌詞を引用した。小寺さんが口ずさんでいた歌とは関係ない。

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