「岡崎に捧ぐ」1巻 あの日あの時あのゲーム

小学館 ビッグスペリオールコミックススペシャル

山本さほ



 1996年2月、横浜市で20センチを超える積雪を記録し大雪となったその日、山本さんと岡崎さんは雪だるまを作って遊んでいたと思われる。
 大人になるとうっといしいだけの雪も、子どもにとっては、いつの時代も遊び道具の一つに変わりはない。表紙をめくってすぐに目に飛び込んだ主人公・山本さんと親友の岡崎さんの立居絵が、すでに二人の性格と関係性を導く。シャベルを突き立てて車のバンパーに座った山本さんの満足げな勇ましさ、雪だるまを作る役割だったろう岡崎さんが気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。寒いかもしれない岡崎さんのしぐさに、身体をたっぷり動かして暖かくなった山本さんは、マフラーを出来上がった雪だるまに巻きつけたのかもしれない。
 1990年代の作者自身の小学生時代を描いた「岡崎に捧ぐ」1巻は、親友である岡崎さんの結婚にあわせて送るつもりだったwebマンガが雑誌掲載・連載を経て単行本にまとめられた作品である。私と年代は異なるけれども、小学生時代のばかばかしい意味不明な感情に任せたままの言動の数々は、いつの時代も子どもは変わりがないなぁと安堵し、同時に山本さんというキャラクターの面白さが、おそらく作品の最初の印象とは別の方向で立ち上がってくる。
 第1話は、とっつきにくくて人を寄せ付けない雰囲気だった岡崎さんが、ひょんなきっかけで山本さんとテレビゲームを通じて仲良くなっていくと、岡崎さん家族の奇天烈具合も含めて、岡崎さんというキャラクターが立ち上がってくると思われた。だが、彼女が「わたしは山本さんの人生の脇役」という発言のとおり、作者の山本さんが語る、岡崎さんとともに過ごした子ども時代の文化の描写に重きを置いていくと、主人公の山本さんのボケに対して岡崎さんが優しくツっこむという構図が出来上がる。
 そんな約20年前の当時を振り返るモノローグや解説が飛び交う挿話が中心にあって、個人的に第13話「家出」が大好きな挿話である。
 今思えば育児放棄(ネグレクト)だったのではないかと作者が振り返るほどに散らかり放題だった岡崎家だが、子どもの山本さんにとっては親の躾から解放された、一日中テレビゲームをしていても叱られない楽園だった。母と喧嘩したと思われる山本さんは、夜中に岡崎家を突然訪問、家出してきたからずっとここで岡崎さんと暮らすと、ランドセルを背負って上がりこむのだ。歓迎する岡崎さん。母親から明日は日曜だから今日は泊まっていいけど明日の夜迎えに行くからね、という電話が来るけれども、楽しくテレビゲームで遊び倒す二人である。
 日曜になると、二人は100円ショップでいろんなものを見て回り、おそろいで山本さんが赤、岡崎さんが青のリングを買いつつ、その値段が税込み103円と、90年代から店舗を広げることになる100円均一と消費税という時事ネタをさりげなく描写しながら、また当時流行したテレビ番組(投稿!特ホウ王国ネタ)を会話に挟んだり、普段の挿話で多くを占める時事ネタ解説コマは控えめで、二人の女の子が和気藹々と遊ぶ姿がかわいらしく、迎えに来た母親をあっさり受け入れて家出していたことを忘れた山本さんの「また明日ね。」に、元気に「うん!」と応える岡崎さんを読み、彼女も家出のことを忘れていたのかと、子どもらしさの能天気ににんまりした読後がやってくると思いきや、窓の外から走り去る山本さんの乗った車を見送るコマが描かれ、実は、岡崎さんは家出のことを忘れていなかったし、ずっとここで暮らすと言う山本さんの言葉を信じていたのかと、その純真さと山本さんへの愛情に感激するのである。
 指にはめた青いリングを見ながら、あの時の楽しさを思い起こして落ち込んでいた気分を高揚させる岡崎さん。冒頭の雪の中の二人も、山本さんは赤い服で岡崎さんは青い服だったなぁ、と二人のシンボルカラーなのか偶然なのか判然としないけれども、単純な線による簡素なキャラクター造形に見えながらも、その内面に抱えた性格や気持ちは、雪の絵の情報量と同様に、ひとコマに込めることができる演出力が、この岡崎さんの寂しさと嬉しさを描いた数コマにあるのだ。
 各挿話の扉絵も見るに、そこから読み取れるキャラクターの感情やその時その瞬間に起きていたことが想像できる楽しさ。一枚絵にこそ力を発揮する作者なのかもしれないけれども、それでもマンガとしての楽しさも損なってはいない。思えば100円ショップに自転車で向かう二人は、行きは岡崎さんが漕ぎ、帰りは山本さんが漕ぐという関係性からも、山本さんが岡崎さんを引っ張るという構図は変わらないものの、両者が互いを思いやる対等な関係性というものがうかがえる。1巻から後の物語は中学生編となり、最新話を読むに二人のそんな関係に変化が訪れる兆しが描かれているけれども、単にあの頃の思い出話で終わらせず、時代とともに成長していくキャラクターを描くことで、想いあう気持ちがどのような絵で表現され変化していくのかが、とても楽しみな作品である。
(2015.6.1)

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