「おおきく振りかぶって」1巻

講談社 アフタヌーンKC

ひぐちアサ



 やっぱり野球漫画って面白い。もう最近はほとんど読んでいなかった。話題になっていた野球漫画も読まなかった。ポジション別に類型化されたキャラクター、だらだらと長引く試合描写、なんか飽きていた。
 この作品もひぐちアサ作品だから読んだと言っていい。「ヤサシイワタシ」で内容以外の描写・髪の毛とか景色とかにも気に入って、好きな作家の一人になり、さて新連載が野球だというのだから、これをどう描くのかと待ちに待った単行本一巻である。……めっちゃおもろいやん、指先がピリピリ痺れるね(ごめん嘘)、なんか読み終えたくない感じで、はやく続きが読めたくてたまらない(これは本当)。
 細かな感想はとりあえず保留しておく。一試合の頁数がまだわからない。読者の人気に胡坐をかいて、ちんたら試合を描写されてはすぐに飽きてしまう。それでも言っておきたいことがいくつかあるが、私はまともに読んだ久しぶりの野球漫画ということもあり、野球好きならいくつか思い浮かべるだろう最近の野球物を知らないがために、今さら何を言ってんねん、こいつは・そんなもんすでに他の人が描いている表現だよ、という諸々の突込みを予想しているので、かなりオドオドしていることをご了承願いたい。
 はてな日記のほうでも触れたことだが、まずは溜めと抜きによる静と動・緩急の描写を175頁を中心に見てみたい。叶のフォークを目を輝かして見詰めていた田島の見せ場である。171、2頁で簡単に3つ放る叶、カウント2−1。阿部の独白を解説代わりに田島が待つボールを指摘し、それを受けるように捕手・畠がそこでは打てないよと思い、サインに軽く頷く叶、田島の心境がフォークを狙っていることを明かす。サクサク進めていたテンポが複数のキャラの独白・表情を描くことで緩まっていく、阿部視点だった時間文節が数人の視点が導入されることによってさらに分解されテンポはぐっと落ちた。一球一球こんなことやられたらたまらんが、ある一球にはじめから焦点を絞ることで、他の投球を省略できたわけだ。実際に芸のないリード・単純な配球だから、次何を投げるかなんて一回描けば事足りるし。次の174頁、3コマ目・リリース直後、ここ重要だよ、田島のステップに叶が気づくわけ、投げた→ボール来る→変化する→ステップする、なんてたらたら描かない、ここで気付くってのが大事。現実の状況を踏まえているってことである、もちろん漫画なんで多少の誇張はあるけど、マウンドからホームまでわずか0.5秒でボールは突っ切る。三橋の100キロのボールでさえ0.7秒を切る。後に叶がどこで球威や球種を判断するか語るが、打つほうもリリースの瞬間にはすでにスイングを開始しているってことだ(少なくとも足や肘は動きはじめないと速球は打てない)。
 そして175頁である。時間文節はついに分断されまくって「ステップした?!」で破綻、結果このキャラたちの表情はみな同じ瞬間の時の顔であると認識される。すっかり遅くなったテンポと乱れた時間は読者の打つぞという期待とともに田島の踏み込む足・ひとコマに収斂され、次の頁でいっぺんに解放される。心地よい打球音、田島の笑顔、あっという間の二塁打。溜めに溜めてから、打球と一緒に飛び出されたテンポによって176、7頁はその前の頁よりもスムーズに読めているはずだ。しかも175頁に登場した時間を乱されてしまったキャラは登場しない(畠が叫ぶだけ。感心してたかもしれない織田も阿部も描かれない、打たれた叶がどんな顔してたかも描かれない)。なんか偉い、と変に感動してしまった。後続を抑える自信がある叶ってものがここから想像できるわけですよ。一方で畠の信じられないって焦る顔ね、キャラの性格を必要な演出の中で描き分けている。この辺りは「ヤサシイワタシ」で魅せた心理描写を髣髴とさせる。
 続いて三橋と織田の対決。対決というには織田に打つ気がないので大げさだが、全5球、だいたい同じテンポなんだけど、その中でも緩急を付けている。これは織田が4球目に大ファールを打った場面の演出の結果なんだが、野球って普通に静と動があるので、別段上手いというようなところじゃないけど、でも工夫がある。それがまず193頁の3、4コマ目と次頁7、8コマ目。ほぼ同じ大きさのコマとほぼ同じ構図・織田のアップで、織田のボールの見送り方を読者に刷り込めると、196頁3、4コマ目、ここも同程度のコマだけど織田が「動いた」ってことを強調するため上半身まで描いてある。動いたことで、次の動きの多い描写に視線を移しやすくする。読むリズムをちょっと崩すんだよね、小説ならびっしり文章が埋まってたと思ったら会話文でポンポン話が進むとか、わざと晦渋な文章で読み滞らせるとか。漫画でも似たような変化のつけ方ってものがあるんである。
 「ホントに面白いのは これからだからね!」期待してまっせ。

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