「ブラックジャックによろしく」ベビーER編

講談社 モーニングKC「ブラックジャックによろしく」第3・4巻

佐藤秀峰


 単行本一巻と半分を費やして描かれた話題作のベビーER編だが、そもそも手塚ファンにとってこの作品はどうなんだろうか。熱心なファンにとっては、名作の名を騙ったひでぇ漫画だとか言いかねないかもしれないけど、手塚ファンのはしくれたる私にとってこの作品は、本家ブラック・ジャックの各挿話を束ねつつ現代に舞台を置き換えなおかつ医療の問題を語ろうとしている感じである、というか、ブラック・ジャックが今描かれたらこんな感じといったところだろう。アニメではすでに出崎統が現代医療を背景にブラック・ジャックをアニメ化している、作品の出来はともかく(個人的には好きなんだけど、それはあくまで手塚作品のアニメという理由に依拠している)最新医療を取材調査した成果が垣間見られた。で、本作品である。
 漫画といいながら作画や演出よりも先に主人公の言動の賛否や医療の現実と劇中の描写の差などといった設定への言及、または作品自体が提示する医療問題を読者がそれぞれ考えながら読んでいて、なんだか独りぼっちといった感がないでもない。というのもやっぱり手塚ファン・特にブラック・ジャックを愛する私にとってはいまいち夢中になれない面がある、どうしても一歩引いて読んでしまうのだ。だから最も大きな問題を突きつけたであろうベビーER編も、結構あっさりと読み進めてしまった。その最大の原因が、ブラック・ジャックの一挿話「最後に残る者」である。
 未熟児として生まれた六つ子は衰弱著しく次々と息を引き取っていく。そんな中で最も生命力強く生き残る可能性のある子が奇形児だった。担当医は奇形児の将来の不幸を悟りドクター・キリコに安楽死を依頼する。だがキリコを出し抜いて現れたブラック・ジャックは赤ん坊の遺体を移植して奇形児を形成手術、救う。遅れて到着したキリコに担当医は言う、「もうほんとうに奇形児はいない」と。ラストシーンは赤ん坊への声援である。
 改めて読むと類似点が多く浮かびあがっくる。パクリだなんだと言うつもりではない、「最後に残る者」はネタ元という側面が強いからだ。それに元は22頁の短編、それを現代の問題を絡めつつ青年漫画然と劇画にしようとすれば頁数も増えようし、元以外の要素もいくつか取り入れているので、……と思ったけど、やはり長い……もっとも主観に過ぎないが。さてしかし、本編でやってしまったファンへの最大の屈辱があったのだ、4巻196頁、これだけは……これだけは控えてほしかった、「生死の決定権なんて医者になんかない!」
 ここでやっちまうか、というのが最初の感想。しかも主人公が、半端もんの主人公がブラック・ジャックの恩師・本間丈太郎の名言「人間が人の生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」を思い出さずにいられない文句を頁いっぱいにすさまじい形相で言うのだ。いや、屈辱とは言い過ぎた、ただね、なんで主人公が言うかな。この作品が今までの医者物と違う点って、主人公の腕が未熟っていう点なんだ、自分の力ではどうにもならない局面でもがき苦しむ姿の生々しさゆえに多くの読む者にさまざまな感情・不愉快だろうがムカつくだろうが青臭かろうが、そういうものを炙り出すほどの力が筆致にこもっているんだ、実際つまらなければ主人公になんの感動もせん。で、この未熟な姿って言うのは、そのまんま読者自身にも見事に被ってしまう、医療の知識がないものにとって、怪我や病気に対してとても無力であることを痛感しているはずだ、そこそこ生き続ければ。己の無力さを知っているからこそ、主人公への不信感が強くなる、それはまっとうな心理だ。だからこそ、主人公をぶちのめすハッタリがほしかったのだが、逆に張り倒してどうするんだ……
 と、斉藤君のように熱く語ってしまったが、面白いよ、うん。次はブラック・ジャックのどの話が絡んでくるんだろうかと楽しみである。

戻る