「瀬戸の花嫁」

スクウェア・エニックス ガンガンWINGコミックス 1〜4巻

木村太彦



 どこで笑えばいいんだろう……という感じだった1巻。ここで笑えばいいんだね、ごちゃごちゃしてるけど勢いだけでもまあ楽しいんじゃないの、と冷めた2巻。やれやれ、新キャラ投入続けて大変だね……と冷え切ろうとしていた漫画熱を沸騰させたのが3巻の学園紛争編である。ここは素で笑ってしまった、正直不覚を取ったと思った。で、1巻から読み直した、なるほど、笑いどころを知れば、とても面白い漫画じゃないかとひとつ丸くなった作品でもある。
 べた褒めする気にはならないけど、たまにはいい気分転換になる漫画だろう。周囲の脇役に振り回される主人公っていう基本があって、その核たるヒロイン瀬戸燦の設定があまりにも強引で、大騒ぎを起こすために用意されたサブキャラたちという図が懐かしかった。そんななかで3巻の暴走ぶりには目を瞠ったのである。
 下手すると読者が引いてしまうくらいのハイテンションな描写もある。サービスカットも無駄に大くないかい? と思うこともある(これは掲載誌の影響なのか、作者がそういう女の子描くのが好きなのかね)。ただ、読者が一度作者の過度な煽りに乗っかってしまうと、途端に引くどころかもっとアホな描写よこせ畳み掛けてくれと渇望してしまうのである(読者というか私の話だけど)。その最初の発端がサルの描写である、3巻79頁。ここで何か来そうな気配を感じた、3コマに渡って一人興奮してまくし立てるサルの変化が85頁で老師として完成されるっていう流れ、見事なバカだね。で、この一人バカの発想があっという間に学校全体に行き渡ってしまうという爆発力には驚いた。わずか10頁ほどで平穏な学校が二つの派閥に分かれて紛糾するっていうスピード感が気持ちいいし、その理由が学校のアイドル・燦と現役アイドル・ルナを巡る対立っていうバカっぽさがくだらなくてこれも気持ちいい。あー、漫画だね、しかもバカ漫画、なんも考えなくていい、ただ読んで楽しめばいいという漫画。理屈も何もいらない、素直にキャラに萌え、話にくだらねーと突っ込めばいいだけだ。
 決定打は91頁だった。燦派とルナ派に分裂し一触即発の状態に陥った学園内、その彼らの風貌である。造反有理を造燦有理と駄洒落たヘルメットのバカバカしさに噴き出してしまった。101頁の煽りもいいね、完全にぶっ壊れている。次の見開きで向かい合う燦とルナもいい効果だ。
 根本的に作者は既存のメディアから受けた影響をオタクよろしく昇華して、次々とひけらかしていくのが大好きなんだろうね。これ面白いでしょ・あれ楽しいでしょっていうちょっと独りよがりな描写が目立つ(好例がルナパパの登場音だろう、作者の頭の中ではターミネーターのテーマ曲ががんがん鳴り響いているんだろうけど、最初はなにこのダダダは? と戸惑ってしまったし、戸惑った読者は実際にいるはずだ。犬の鳴き声が各国で違って表現される例を引くまでもなく、音って言うのは人によって聞こえ方に差があるから、作者が想像した効果が読者に伝わっているかを確かなものにするには堅実なネタ振り・伏線・雰囲気作りが必要なのである)。で、勢い命の漫画だから、伏線なんてもどかしい説明は不要なのであるが、しかしこれは掲載誌のためだろうか、状況説明をつぶさにしてくれるから、ここに伏線なんて持ち込んだら、「そうか、こんなことになったのは、あそこであんなことをしたからだ」という余計な説明までしなくちゃならないのかもしれない。でも、作者は工夫してますよ、勢いネタを成立させるための土台をひっそりと作っているんですよ、キャラの中に。
 物語の起伏によるクライマックスの盛り上がりを半ば放擲したこの作品は、変わりにキャラクターの設定に起伏を盛り込むことで、物語にうねりを生もうとしている。3巻の学園紛争編では、ルナがまさにそれである(前述したサルの風貌の変化もわかりやすい例であろう、サルの性格と劇中の立場を踏まえて、その場で姿を変えさせて、連想の挙句勢いで老師にさせる。結果、抗争の解説者となる)。ルナのコンプレックスの礎を冒頭で描き、アイドルとの二面性を強調、あとは野に放てばそれでいい、キャラが勝手に動いてくれるっていう状態にすぐさま持っていくのが上手いのかもしれない(4巻の最後の話は一応ネタ振りとしての麦茶ってのがあるので、物語の構成を全然考えていないわけではない、念のため)。だから、下手に手心が加えられたキャラってのはかえって劇中ではうわついた存在になってしまう。4巻登場の三河海である。ここでまた引いてしまった、はじめに物語あってのキャラなのだ。物語のオチのきっかけを与えるために広場恐怖症と設定された三河、あー、ついに行き詰ったかなと、正直思った。次の運動会編の準備として必要なキャラだし。いや、ルナはいいんだよ。ルナという名は燦に対するものだし、性格もそれに対抗するものとして設定されている。江戸前と瀬戸内という構図も出来上がる、上手いこといっている。ところが三河はサル(こいつは秀吉って名前だったわけで)に対するキャラなんだよな。主人公のライバルなら、満ち潮に対する引き潮とか干潟とかあるわけだが。他は主人公と対比させながらも、きっかけがサルってところに微妙なねじれを感じている。それが亀裂を生まなければいいなと、いらぬ心配をしている。
 まあ、いろいろ言ってるけど楽しい漫画ですよ。

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