「説得ゲーム」

宙出版 短編集「説得ゲーム」より

戸田誠二



 戸田誠二の作風は地味である。同じような地味でも近藤よう子は親と子(特に母と娘)の関係を生々しい・慄然と描いてしまうのに対し、彼は人が生きる理由・生き続ける意味を朴訥に問いかけている。短編集「説得ゲーム」は、それらの問題にSFという設定を借りて描いた佳作群である。
 表題作「説得ゲーム」は、ゲーム会社で働く中年男性が新作ゲームの開発の際に見つけたフリーソフト「説得ゲーム」という作品に惹かれ、製作者を探しまわり、製作者とリアルの「説得ゲーム」をする物語である。主題だけを追えば生きる理由探し・そもそも理由なんてないのではないか……といったような個人個人が抱えているだろう哲学に直結しやすいだけに、ベタベタな話だという反応もあるだろう。うん、まあ確かにそうだ、問題に対し回答を用意するわけではないから、問題提起に留まりやすいし、各人物の言動になんらかの批評を加えることも出来るだろう。だが、作者があえてそこで筆を抑えているのは、説教くさくしないためであろうし、物語が終わったからといって登場人物の生がそこで終了するわけでもなく、希望ある結末を用意することで娯楽要素を失いたくない・やっぱ読んで楽しい面白いほうがいいという態度が垣間見える。それが各短編を常に暖かく包んでいる、この感覚が心地いい。
 作品の根幹について直接語ることが出来るということは、登場人物のセリフ・行動がすんなりと頭に入ってくるということで、それは地味だからこそなのである。コマ割を入り組ませたり断ち切りを多用し画面構成で変化を生もうとしているが、この作者の作品、どういうわけか大人しい印象がぬぐえない。理由はいくつかあるやもしれんが、私は勝手に、戸田誠二の性質ゆえだと思っている。彼の作画の特徴、それが口の描写である。
 人物の顔で重要な箇所が目である。黒目と白目の割合や瞳の描き方、閉じたり見開いたり、目の描写は雄弁である。顔のアップの描写ならば中心は目だろう。目を描かないうちは、その人物が何者なのか何を考えているのか定かでない状態が多いように思う。戸田誠二も例外ではない、だがそれ以上に作者は、人物が何かを伝えようとする口の動きに注目する。
 単純に「……」でもって何か言いたげな表情、何かを考えている風な態度、沈黙などを表現することが出来る。無表情に様々な意味を付与できるように、「……」もいろんな意味を込めることが出来る。何も話さないということが、セリフやコミュニケーションになっているのである。主人公・尾崎が「説得ゲーム」に初めて触れたとき、ビルの屋上の縁で裸足で立つ女性が現れる大ゴマで缶ビール片手に呆然としている様が真横から描かれる。声は出ない。次のコマでは女性が正面に描かれ、振り返る。それだけだが、この時読者は尾崎と同化していることになる。女性を見ている彼の視線がつまり正面を描かれる女性である。ちょっと待ってと止めて「なんで死ぬの」の問いかける。この時の女性の顔は、はためく長髪に顔が輪郭を浮かべ、半笑いのように開いた口だけが、口というよりもただの小さな空間がそこにあるだけだ。そこから彼と女性の短いやり取りがはじまり、缶ビールを横に置く描写で彼は本気になる。彼の「……」はこの間に2回登場する。ゲームとして作られた彼女は当然プログラムされただろう言葉を長々と話す。生きてることに理由なんてないでしょという彼女は彼の「ないよ」という同意を受け、また半笑いのような口が浮かべると、次は口元のアップになり、ゲーム内の存在であるはずの彼女が何か言いたげな微妙な動きをするも、振り返らずに後ろへ軽く飛んで飛び降りてしまう。単純に言えばゲームオーバーだが、私にはそのあっけない死に様も含めて、彼女が何かを言おうとしていたかもしれないと感じた・感じさせてくれたこの作品に慄然としたのだ。同じゲームをした会社の同僚は「あんなキレイなゲーム はじめて見ました」と語るように、ゲームをする・プレイするというよりも、ただ見ているしかないようなゲームだ。死んでいく人間は、ただ見ていることしか出来ないのか。
 物語の後半で製作者・高校時代の同級生である彼女を探し当てた彼は、「近々死ぬわ」と素っ気無く語るのを聞き、彼女の自殺を食い止める行動に出る、見ているだけで済むはずがない。「……」、彼女はびっくりする。相手はゲームのキャラクターでもブレイヤーでもないのだ。お前とゲームを作りたいと語る尾崎に、彼女は考えを改めたかに思えたが。
 説得ゲームのように彼女は名も無き自殺者と常に対話を繰り返していた。「恋愛とファッションのことしか考えてない」バカな同級生たちと話すよりは、余程ましだったのだろう。交流を断ち、一人でゲームを自主製作し続ける彼女はやがてあのゲームのキャラクターと同化し、尾崎と再会したとき、まるでゲームの続きであるかのような半笑いを浮かべていた。あのゲームのキャラクターの口元は、今から死のうとする者の口だったのだ。
 さてしかし尾崎が去った後、彼女のうなだれた背中が沈鬱に描かれる。おそらく久しぶりに接した人の優しさだったからだろうか、彼女はその後開発したゲームの著作権を尾崎に譲る旨を遺して自殺してしまう。彼女にとって生きていく理由がないということは、死ぬ理由もないということだったのである。尾崎と再会し、彼と今後ゲーム製作で関わっていくかもしれない可能性が目の前に開けたとき、彼女は一人になったときの寂しさという死ぬ理由を得てしまったのである。彼女の表情が最後に描かれたとき、それはやはり口元のアップだった。ただそれは閉じていた。「毎日電話する」という尾崎が去った直後の彼女は何も語らない。暗い背を読者に見せたまま退場してしまう。何も言えない言葉がないという絶望感があったのかもしれない。
 結局、彼女の自殺は未遂に終わったのだが、このときよかったと安堵する尾崎は、確かに心からの言葉だろう。だが次の場面で同僚とゲーム製作にいそしむ姿で、彼女をそれに協力させようと説得を考えていることがわかり、彼にとっての説得ゲームは、実はまだまだ終わっていないのだということを知る。
 説得相手である彼女は劇中、名前を明かされない。

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