「少年少女ロマンス」

講談社コミックス別フレ 全3巻

ジョージ朝倉


 アホっぽさとか下品さがおかしい漫画を描けるのがジョージ朝倉である。それでいて少女漫画。個人的には本編の物語よりも時々描かれるしょうもない落書きや言葉が大好きで、真っ当な描写然とした漫画の部分との齟齬も加わって非常に愉快になれる作品群である。今回は「少年少女ロマンス」を採り上げたい。
 基本的に朝倉氏の作品は他の少女漫画と恋愛描写の雰囲気が異なっていて、よくわからないお花がふわふわとんでたり泡状のものが人物の周りに漂っていたり、そういう何ともいえない心情を抽象化する代わりに、登場人物の止めどなき妄想や独白ががっちりと描かれている(花は描かれたとしても具体的な描写が多い)。これらの粗雑な絵のバカバカしさがいいのである。劇画的な登場人物のコメディ描写にはキャラのデフォルメ・二頭身化とか、顔の表情を簡略化するとか、目の描写に力が入っている漫画の場合は、突然の点目化などの線の質の落差で笑いを煽ることがある。朝倉氏の場合は眼の描写でこの変化を作る、白目である。これもいいのだが、やはりいい加減ともいえる妄想がおかしい。
 実際いい加減である。なんか勢いだけって感じで物語がビシバシ進行していく。そもそも第1話ではさみを持つ手……左手ではないか。左利き用のはさみだったのか……少年時代の右京が持つはさみも左手に握られている。鞄の中身を落としてしまうところ(1巻32頁1コマ目)ですでにはさみが転がっていて紙を切る前振りは用意されているのだが。蘭は右利きらしい描写(38頁ではさみを凶器として構えるところでわかる)があるので、左利き用のはさみを持っているとは考えられないし(右京に関してははっきりと左利きである設定が読み取れるけど、樹海では右手でナイフ持ってるし……)。まあ、こんなところはどうでもいい指摘ではあるのだが、ノーヘルでバイク二人乗り暴走とかもやらかしているし、もうノリがよければいいんだよね。そういう瑣末な突込みに思考を向かわせない力強さが全編にあふれている。
 で、そんな勢いに乗ったまま描かれたのではないかと思われる怒涛の妄想場面。1巻103頁、王子を探すしてあちこち行く蘭、1コマ、たった1コマで描かれる妄想で蘭の錯乱振りがわかる。他にも空想が具体的に物語の一部として描写されることもあるが、余白にちょいちょいと描かれた空想の方がはるかに蘭というキャラの空想癖とその内容の突飛振りが濃縮されて伝わってくるのである(ここでは蘭は左手にナイフ持っているんだよな。本当にその辺の細かな設定に無頓着だな。その一方で右京が蘭を乗せるタクシーは「犬タクシー」に統一されているし、わけわからん)。また164頁の右京の告白後の蘭の暴走する妄想は笑った。なんか嫁姑の戦いまでさらりと描いている、「ひどい おかあさま」だなんて。想像力は次頁で死を看取られるところにまで一気に走る。バカだ、本当にバカである。これを真正面から描写してなおくだらないという理由で読み捨てられない・かえってもっとこのバカたちを見たいと思わせる吸引力に酔った。これを読んで右京や蘭に感情移入した人っているんだろうか、疑問である。むしろ番外編として描かれた「少年ロマンス」「少女ロマンス」の方が真っ当である。
 主人公に同化出来ず、むしろこのバカ恋愛模様(もっとも恋愛漫画なんてものはパロディとしてギャグになってしまうくらいのばかばかしさをはらんでいるものなのだが。カラオケバカ一代ですでにやってるよ、パロディ)をもっと読みたいという欲求が強かった。1巻には巻数が付いてない、買った時はこの巻で終わりかと思っていたら第二部に続くとあって、綺麗に終わったなーと思っていた作品の完成度がこの後崩れないか心配していたが、2巻以降の展開の布石はすでに1巻でばら撒かれていた(フランス人の家庭教師とか白馬とか)。この二人がまた見られるという嬉しさと同時に感じた不安は、2巻を読んで前から予定されていた物語だったのかと納得したけど、蘭と宗の2巻終盤の関係には、普通の恋愛が描かれていくことにつまらなさが頭をもたげてきたので困った。確かに面白かったはずなのに、蘭の普通化と同調して昂揚感が失せていく寂しさ。
 ところがどうだ、3巻であっという間に取り戻されるバカの弾けっぷりは。右京を目の前にした途端に狂いまくる(いや正常に戻った)蘭の言動、この作品は蘭が動かしているのは紛れもないけど、右京がいなければ動かない・右京はただ蘭の隣にいるだけで物語が勝手に動き出すという仕掛けに気付けば、蘭が右京を背負って樹海を脱出するのもバイクで空港まで乗り付けてしまうのも、全ての行動に説得力が生まれるのだ。まさに愛の力、これをバカという言葉で隠して……ではなく、バカという言葉が実は愛という魅惑的でいろんな想念が詰め込まれた言葉に隠されていたのだという発見、と言うのは嘘だけど(いや、傍目には普通の恋愛もバカっぽいところ多いよな。だからコメディにもなるし悲劇にもなれるし大河ドラマになれるし、いろんな体裁で描かれる変幻自在な主題なのかもしれん)。
 ラストが右京の笑顔というのも破綻していない。ちゃんと物語の整合を図っているではないか。勢いに圧倒されてなかなか細かな物語の描写には目が行かないけれど、1巻・2巻(笑顔ゲット)の頃の思いがここで叶うというところに、朝倉氏の物語作家としての力量を見せ付けられた。今後も暴走しまくってくれ、走ってでも付いていくぜ、オレはRUN!

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