ともみの親友

 太田出版 F×COMIX「男ロワイヤル」より

小田扉



 主人公「私」と、私の親友ともみとの約一年にわたる交流を四季折々の風景を交えつつ丁寧に描き、友情とは何か・人を理解するとは何かを問う感動的な掌編である、などというわけはなく、つかみ所のない作品である。というかね、小田氏の漫画ってやけに作りこまれていながら、とてもいい加減な印象で破綻の危うさを孕ませつつも、作品としてきっちり完結しており、話の筋がちゃんと一本あって、通俗的で商業誌的な作風から先鋭的で同人誌的な作風を見事に書き分けることが出来るんだけど、それらが混在して一冊の本にまとめられながら、どこを切り取っても小田漫画なのである。
 私にとっては細かい描写がおかしい。どこ開いてもいいんだけど、「エレクトロねえちゃん」なら、姉が仕事で「はいお茶」「あちゃー」とか、弟が魚型パソコン見て「生ぐせー」とか、「男ロワイヤル」だと二人がよく行く立ち食いうどん屋のおばさん「うぜー」「きもー」とか。あと困った人の顔なんて最高におかしいし。別に爆笑するわけではないんだけど、なんかいきなり扉ワールドに引きずり込まれてしまう感覚がいつもある。やはり短編ばかり書いているだけあってか、冒頭から唐突に物語の核心に入るのが非常に達者なんだと思う、ていうか達者。
 「ともみの親友」だと最初のコマのノートの内容がそれだ。5年ぶりに再会した私とともみ。その後、ともみと時折会っては話を聞くうちに浮かび上がってくるともみの交流関係に何の高揚もないというのが驚く。読者としては、特にともみに対する感慨はない。だから彼女がどうしようが知ったこっちゃない。主人公がともみの友人関係をどう推理していくのか、そこが興味の拠りどころとなるのだが、やっぱりこれも作品の強烈な求心力にはならない。8頁という短さだから出来る芸当だし、だからこそ出来得る無意味さなんだろう。
 で、わけわからないけどついつい読んでしまうという感覚を築くものが、徹底された物語の流れなのである。冒頭で書いたように、これは約一年にわたる二人の交流が描かれている。無駄な努力とも思われる主人公の推理劇がどんどん広がっていく様子が楽しみとなっていき、なおかつともみを取り巻く状況をもはっきりと見えてくる。明らかにあるおかしさをおかしい表現で描かないところが小田漫画のひとつの特徴だけれども、主人公の無表情がそれを一層強固なものとしている。淡々としているんだ。物語の奇妙具合とか、登場人物の変な具合とかがよく注目されてしまうけど、ものすごく描写が丁寧なのである。
 58頁で早速ともみの現況を図式化する主人公、3コマ目。外で着てたジャンパーだかを脱ぎ捨ててある、多分ともみと別れたあと家に帰って間もないんだろうなってわかる。5コマ目で焼き芋を食べる、7コマ目で雪遊び、ここで鼻水をたらす主人公は次頁2コマ目で風邪引いて寝込んいるんだ。60頁2コマ目で花見……二人だけでかよ、という突込みを無視しつつ4コマ目から思い悩むともみ。ソフトクリームを受け取らず、おそらく数日後(二人とも服装を変えている)に判明するプチ整形疑惑。61頁6コマ目(個人的には土手の上にいる犬がなんだかおかしい)でさらに衝撃的な告白となるタマの正体、とじっくり読んでいくと、かなりドラマチックな様相を呈しているのである。だけど決してともみの素性は描かない。断片的な言葉だけから彼女の姿が見えてくる、主人公と読者の同化もすでに果たされる。
 後半からドラマは錯綜し始める。かつおの登場だ。もちろん名前だけだが、ここからおそらく主人公の興奮は異様なものであろうと推測される、62頁4コマ目で「かつお」の名札をかける為のホックをトンカチで打ち付けるが、ここで彼女は指を痛めてしまうのだ。おかけで6コマ目ではもぐら叩きが出来ない、彼女の包帯が巻かれた人差し指を見詰める何という寂しさよ。63頁、夏になってプールか海水浴に行く二人、ここで何気に吐露されたかつおの行動(ラーメンと大福を食べる状況がそもそもわかんね……)からとんでもない真相が導き出されてしまう。これがこの作品の山場なのだから、なんなんだよ、このバカっぽさは。しかも無表情が崩れるのが唯一ここだけ。
 これまでさりげなく描かれていた時間経過が、ここでは一番わかりにくくなっている。4コマ目から7コマ目・かつおの正体を暴くところで服が替わっているのである。これが本作品最大の謎なのだが、この間にどれだけの時間が経過していたか、なのである。おそらく机の上でずっと考え込んでいたのだろう、寝巻きに着替えたものの気になって考える、暗い室内、ほのかに顔を照らす照明。真実を知った彼女は、でもやっぱり終始聞き役に徹したんだろうな。ともみが再びみつおと仲良くなっていって安堵する主人公、ともみの彼氏が確定したことの喜びと同時にともみがかつおから離れたことに対する安堵もあるだろう(ホントかよ)。
 さてしかし、小田氏の漫画って実にうまく言えないもどかしさがある。読んで興奮するって事がないんで、そのまんまの勢いで読後疾走することもないし、のんびりと読めるんだよね。なんか読んでいるほうまで妙な感じになる。余計なことを考えながら読めてしまうし、それでいてなんか読み誤るということも少ない。キャラクターの過激な行動は少々あるんだけど、別に笑わしてやるっていう意気込みが全然感じられない。むしろ肩透かし食らわされ続けて感覚が麻痺していく。そうかと思えば18頁3コマ目の「人間ドッグ」のようなくだらな過ぎて笑ってしまう描き込みがあって。
 読むというよりも、扉ワールドの雰囲気を聴くって感じかな。

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