「人面瘡」

 人面瘡の話といえば、だいたい膝小僧や腹に現れた人語を解する人面といったものが多い。
ある日、彼の元を訪れた男は人面瘡の持ち主だった。重度の皮膚炎か薬品中毒か、男の顔はひどくふくれあがった、できものだらけだった、男の言う、「これは人面瘡なんです」。笑止、彼はさっさと手術を済ませて男の顔に巻かれた包帯を取る。・・・顔に出来た人面瘡は治らなかった。もちろん人語を解するわけだから、男はまるで二重人格のような振る舞いを示すが、これは精神的ななにかが原因の病気に違いないと直観した彼は拳銃で男を撃つという極端な荒治療を敢行して男の顔は以前の好青年に回復する。
さて、男が大量殺人の犯人であることを知り、彼は手術料を受け取るために男の住む山小屋に出向き、彼を殺そうとする男になかば無抵抗のまま銃を向けられると、人面瘡が顔に出、男は苦しみのあまり崖下へ転落して死ぬのである。彼はそうなることをまるで知っていたかのような冷静な態度だった、いや間違いなく予測していた。
人間の良心はこれほどまでに醜い形をし、苦しいものだというのか。


「病院ジャック」

 突如占拠された病院。執刀間もなく手術は中断され、覆面たちの病院占拠の目的が明かされた。政治目的だかなんだか知らないが、彼は抵抗せず騒ぎ立てることもせずに、じっと患者の患部を見つめつづける。彼に託された一人の患者を守るための彼の秘策とはなにか?
 病院に閉じ込められたあまたの人質たち。彼の執刀に立ち会う医者たちは見張りの男の隙をうかがって武器の奪取を試みるが失敗し、やがてテロリストと政府の交渉も頓挫。病院の発電所が爆破されるという非常事態にもかかわらず真っ暗闇の中で彼は手術を再開したのだ。彼は自分の患者を他人に取られるのをひどく嫌うものだし、自分の患者は最後まで治療しないと気が済まないものだから、意地でも治すための算段に備えていたのだ。多くがテロリストから逃れる術を考える中で彼は患者の手術(それは患者の命というより、彼の冷たい外科魂といえようか)を優先したのである。そうして手術を成し遂げた彼の前であっけなく逮捕されたテロリストのなんとも情けない表情が、彼に憤りを通り越した感情を吐露させる。
「たいしたやつだな、簡単に5人も死なせるなんて。こっちは一人助けるだけで精一杯なんだ」
 手術は成功した・・・だが、彼の表情は冴えない・・・・


「三者三様」

 彼には三つの容疑があるという。言わずと知れた無免許医療と、重過失致死罪に脱税である。激昂する田鷲警部の尋問中に起きたガス爆発事故に、警部は怪我人の救助を求めるが無免許医を理由とした彼のすげない返答にやむなく救助を要請する。この事故で偶然に人生の一瞬を重ねた三人がそれぞれの人生にほんのわずかだか影響されていく・・・
 重体の患者・加藤清正を手術する彼の前に、先刻加藤に会って説教された少年が登場する。本当の「生きるか死ぬか」の現場に直面した少年は、加藤の手足のもがれた容態に絶句、自身の「生きるか死ぬか」の受験戦争のなんと平和なことかを実感し、医者を目指すことを理由に手術の立会いを望む。
 彼の手術は、困難を極めた。諦念漂う手術室内の助手たちに向かって彼は叫ぶ、「落ち着け! なぜ弱音をはくんだ!」。「生きるか死ぬか」という状況をくぐりぬけた者が言うからこそ、この言葉は重いのだ。そして、それは少年に加藤が心底から言いたかった本音だったかもしれない。
 少年は自嘲する、「ぼくは、ばかだった」と。少年にとってこの日は人生の大きな転換点になったことだろう。

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