「本間血腫」
自分を苦しめた者・母を死に至らしめた者への復讐の一方にあるのが、恩師本間丈太郎を医学から追放した者たちへの復讐である。その発端となった病名が「本間血腫」という奇病であり、決して病因が判明するまで手術をしてはならないという戒めのある、彼にとって仇同然の病気だ。彼が医師免許を取得しない頑迷さのな背景には、恩師を無責任に攻撃したマスコミはもちろん、異端者として恩師を庇うことをしなかった医学界への多大な不信感があるだろう。自らを異端の身にさらして決然と常識に立ち向かう彼の意志は、多くの難病奇病を治療してきた。そうしてやってきたのが「本間血腫」との対決である。恩師の遺した資料を基に研究を続けていた彼にとって、好機が巡ってきた・・・
彼は具体的にどのような研究を重ねてきたのだろうか。「本間血腫」は心臓の左心室に血の塊つまり血腫が出来るという奇病で、外科手術でいくら除去しても血腫ができてしまい、患者は心臓衰弱で死亡する。治療手段は手術しかないが、手術を重ねると患者は死亡するという厄介さである。実は似たような症例を扱った挿話が「本間血腫」以前に描かれている。
まず、「報復」である。患者はイタリアの富豪ボッケリーニ氏の孫ピエトロ(推定5歳)。病名は本態性動脈血栓症といい、血液があちこちで凝固して血管をふさいでしまい、最悪心臓の血管が詰まれば死亡する。治してもきりがなく、一生命の危険がつきまとう。劇中、彼は医師法違反で拘束されており、治療に当たるのは日本医学界が誇る最高の医療チームだが、ボッケリーニ氏の祈り虚しく、患者は心筋梗塞で入院間もなく死亡した。後日談は省くが、彼はこの時治療に携わっていない。彼の脳裡に本間血腫があっただろうか・・・
次に「白い目」である。患者は中年(?)の女性、病名は肺塞栓といい、本態性動脈血栓症と違って肺の血管だけに血栓ができ、何度除去しても一ヶ月後に同じ症状が起こる点で本間血腫に近い病状といえる。これを彼はいかにして治療するのか。患者は危篤状態でありながら、彼は手術を強行して血栓が幾度も出来る問題の血管を人工血管に交換するという策に出る。まともなオペで治らないからまともでないオペをする、という彼の言葉は、とどのつまり発想の転換といえよう。問題の血管は彼が持ちかえっている、調べるためだという。患者は一ヶ月後になっても肺塞栓を起こさず、三ヶ月後、病院を訪れた彼は「あそこが原因でした」と話していることから、本間血腫治療の何らかの手がかりを得たと考えられないだろうか・・・
これまでの三話に共通した背景が、大病院と彼の対立でだ。病院側は彼に執刀させることを恥と思い、「報復」では彼より優れた医者は日本にたくさんいるという。対する彼はいたって冷静である。さして激昂することもなく、馴れた様子で病院側の白い目をやりすごしてしまう。視点を変えれば彼は非情である。医師会の免状を破り捨てたり、病気の研究資料を渡さなかったりしている。そうして訪れた本間血腫との対決は、彼にとって、大病院=権威への復讐を果たす場になった。「その病気が憎い」という彼の言葉は、恩師を追放した医学界にも向けられているのは言うまでもない。
対決の日、彼は医学の限界を思い知らされる。本間血腫の治療には、心臓そのものを取り替えるしかないという彼は、彼自身の製作による人工心臓を用意して手術に臨むが、患者の心臓は人工心臓だった。つまり本間血腫の正体は、人工心臓の故障による病気だったのだ。うなだれる彼は深い悔恨に泣き崩れんばかりに呟く、「本間先生・・・わたしは愚かでした」
恩師の臨終間際の言葉に打ちのめされた彼をピノコが救う、対決の日は2月14日、バレンタインデーだった・・・しかし、チョコの味に彼は甘さを感じないだろう。
戻る
第4回分
第6回分