美羽の視線
ばらスィー「苺ましまろ」第5巻 メディアワークス
5巻収録の49話「どきどきバレンタインデー」(以下「どきどき」と略す)で横っ腹が痛いらしい美羽が動かない件が話題になっていた。いくつか言及されていたブログ等を読んでみると、ひとつの場面にさまざまな情報を読み取っている読者の実態がよくわかる。想像したり作者の思いを汲んだりキャラクターへの思い入れを語ったり、「苺ましまろ」における美羽というキャラクターは読者にとっていかに大きい存在であることか。
ここでは視点を少し変えて、改めて美羽が動かない意味を考えてみる……まあ、普通にあれはシュール(つまり現実離れしている)ということなんだけど、動かないことを読ませる力学や意味みたいのものを具体的に探っていく。動かず排斥されるキャラが描かれる構図を念頭に読み進めてみよう。
1巻2話「人間ゴミ」で早くも動かない(正確には動けない)キャラクターが登場する。ごみ箱にはまってもがく千佳である。まだ絵柄も話も安定していない初期の挿話だが、だからこそ動かないキャラクターを見せるための正直な構図がここにはある。そもそも「人間ゴミ」というタイトルの千佳への無神経ぶりもえらいもんであるが、彼女の姿態を観察するでもなく無視するでもなく面白がっている伸恵と美羽の二人の態度も容赦ない。さて、その構図であるが、1巻35頁1〜3コマ目、4〜6コマ目、36頁1〜4コマと、それぞれが同じ構図から常に動けない千佳を捉える。しかもコマの中心ではない、これらの中心はむしろ観察している二人である。一度部屋から出てしまう二人。一人ごみ箱にはまったままぽつねんとしている千佳。ここで存在感が明確になるのはいなくなった二人である。千佳がふんばって箱から出ようと苦しみ転がって二人に悪態を吐くところで、最後のオチのコマとして用意された構図は、やはり千佳が右側でドアから顔をのぞかせる二人を左側に描写する。両者が同じ再び同じ立ち位置に立ったところで話は終わるわけだから、何も解決していないように思える。
この「人間ゴミ」における千佳の描写で最も大きな意味を持つのが、千佳が前述のコマの中で常に右端にいる点である。「どきどき」の美羽は主にどこに描かれていたか思い出そう。机を囲む伸恵、千佳、アナ、茉莉、ベッドの上で俯きしゃがみ続けている美羽、部屋全体を描写した中で、美羽はそのほとんどでコマの左端に位置している。この違いは何かと考えた時に参考となるのが「視線力学」である。
イズミノウユキは青土社「ユリイカ2006年1月号」収載の「視線力学の基礎」の中で、マンガが右から左に読まれる特性に着目し、コマの中の運動もそれに基づいて描かれている例を論じた。個人的に注目したものが、以下に引用するキャラクターの立ち位置に関する記述である。
「・キャラクターの左右の位置や向きを区別するだけで、そのコマにおける「視点(主観性)」や「主導権を握った人物(そのコマにおける主役)」を表現することができる」
会話は基本的に発言者とそれに対する受けによって成り立つ。右から左に読むマンガにおいて、最初の発言がまず描かれ、その受けが次に描かれるのは必然である。つまり、コマの右に近いキャラクターのセリフ・態度をそれより左側にいるキャラクターが受けることでコマの中の会話は繰り広げられる。至極当然なこの特性について考えれば、これがそのままボケとツッコミの関係に通じることも容易に理解できるだろう。読者の視線がコマの右から入ることを含めれば、左側のキャラクターより右側のキャラクターに読者の感情が移入しやすいこともわかる。
これを踏まえると、「人間ゴミ」の千佳が右端に描かれているということは、その状況は千佳の視点ということになり、同時に読者は千佳の視点に同化している。千佳の動きより、伸恵と美羽が千佳をどうするのかという点に注目しやすい・二人が中心にいるように感じるのも、千佳の視点に立っているからこそである。つまり、千佳がゴミ箱にはまって動けない状態が既にボケであり、それに対していつまでもツッコミしない・助けない二人がおかしいという図が出来上がる。
さて、2巻からアナが加わり、この辺からパソコンも導入していると思われ、間として・ギャグとして等のコピペされたキャラクターやコマが目立ってくる。技法としてのコピペね。もちろん漫☆画太郎なんかも視野に入れて考えてもいい。絵柄や話からあずまきよひこの模倣とも考えられるが、系譜としては(作者が実際に影響を受けているかどうかは別として)コピペギャグに分類されるのかな。私は分類化には関心ないけど、論点を単純化すると、そういうことになる。
視線力学と盛んに用いられるコピペ。2巻12話「アナん家」の小話「名前」で、伸恵と美羽の主導権争い(32頁3〜6コマと33頁1〜2コマ)が早速描かれる。アナとの会話を奪い合うかのような伸恵と美羽、同時に右のコマの伸恵の真面目な言葉に対してボケという形式でツッコミを入れる左のコマの美羽、「苺ましまろ」のギャグ描写の典型がここで完成する。以下はその変形に終始していくことになる。
2巻15話「アナVS美羽」では、笹塚である。彼は茉莉とアナの同級生として登場するも、教師に排斥され何度も廊下に立たされるが、描写の突拍子のなさと視線力学の働きによって、話だけ抜き出せば悲惨なキャラクターをギャグとして成立させている。最初の「廊下に立ってろ」と言われるコマに着目すると、2コマの中の笹塚はどちらも右側にいる。教師の姿は描かれないまま、フキダシが左側に入る。笹塚の目線も左を向いている。厳密には、笹塚へのツッコミは教師ということになる、けれども同頁の人物は教師も含めて正面を向くか右端から左側を向いて描かれている。この場面に、左側・ツッコミは誰もいないのである。2回目は正面を向く笹塚に対して「廊下に立ってろ」というセリフが被さる。3回目、4回目になると発言者たる教師の位置はほとんど不明のまま言葉だけが独り歩きしている。この無人の空白からの声とコピペ(4回ともコピペされたコマが並んでいる)によって、笹塚は廊下に立たされるキャラクターとして刷り込まれる、もう悲惨とか言う話ではなく、そういう設定になる(空白の左側には読者が入ることも可能である、入ることが出来た読者は、「廊下に立ってろ」というセリフだけで待ってましたとばかりに笑ってしまうかもしれない)。
3巻21話「バイト」のおじいさんを思い出した方もいるだろう。これも笹塚と同じ構造である。笹塚と教師の距離感・位置が不明瞭なように、おじいさんと美羽たちの位置もはっきりしていない。伸恵が美羽や千佳にコップを押し付けるような描写がありながら、おじいさんと同じコマの中に描かれるキャラクターすらいない徹底ぶりである。
ここで「どきどき」の美羽を分析する準備はあらかた整ったと思うが、その前にもうひとつだけ触れておく。4巻35話「PUSH THE BUTTON」である。この話で注目されるのはキャラクターではなく、千佳の額に落書きされた「発射」ボタンである。これを目立たせるために、画面は千佳を中心に構成される。「人間ゴミ」で伸恵と美羽に見られていた千佳が、さらにここで読者にも観察される対象となる。もちろん千佳の正面かそれに近い顔が多く描かれる。
というわけで「どきどき」でうずくまる美羽がどう描かれているか追ってみれば、美羽がほとんど受けの立場として描かれていることがわかる。冒頭の1コマ目が美羽唯一の主張・今回は動けないよ、という発言のようでもある。それに対し「なんか横っ腹が痛いんだって」と受ける2コマ目の千佳。3コマ目で早々に画面の左端に位置してしまう美羽。ボケとして振舞ったり、意味不明な発言でツッコミをすることで周囲を引っ掻き回す美羽はコマの中でどこにいても動けるキャラクターになっていたが、この話の受け一方の美羽は異様ですらある。茉莉を中心としたバレンタインデーに関するおしゃべりが描かれるコマの中でぽつねんとしている感がある美羽。こういう書き方だと、かわいそうな気もする。笹塚・ファミレスのおじいさんとは違って迫害者(伸恵たち)の位置が瞭然としているだけに、彼等と同じギャグになっていないとも思える。横長のコマの画面で中心から右で偏って描かれる四人の会話は、部屋の中央に座する机を囲んで行われているわけで、ベッドの端にいる美羽はカットされてもおかしくない。だが、画面は美羽の存在を無視しない構成である。
具体的にコマの主導権がどう移り変わっているか見ると、美羽→美羽を心配する茉莉(美羽から見た構図)→「ところで」話を変えるアナ→千佳(美羽から見た構図)→また千佳(ここで画面の中央に美羽を置く)→「どきどき」表紙の茉莉とアナ→美羽に声を掛ける茉莉、「ちょ まじで」美羽の今話唯一のセリフ→「ていうか」話を変える千佳→アナ、伸恵にチョコを渡す→千佳は美羽と作ったチョコを渡す、伸恵と千佳の会話のうち1コマが美羽の位置から見た構図→泣く茉莉、同じく泣くアナ→茉莉のチョコ作り開始→「ついでに」とボケる千佳→うつ伏せになった千佳(伸恵のツッコミ)→ちょっかいを出す伸恵→茉莉、ひとりでチョコ作り(コピペ多用)→完成→「うまい」と伸恵→喜ぶ茉莉→味見する千佳とツッコミ入れる伸恵→茉莉を褒める伸恵(画面中央に美羽)→千佳のボケ、伸恵のツッコミ→伸恵の疑問→チョコのお返しの会話(美羽が画面中央のコマあり)→茉莉とアナの要求→うろたえる伸恵、結局お返しを買うことを承諾……
美羽の役割を千佳が受け持つことで、本来うつ伏せに張り倒されるはずの美羽が千佳に変わる。ボケも千佳で、ツッコミは伸恵だけとなる。さらに全体を見ると、「ところで」「ていうか」と美羽の話題を避けたり、美羽を画面の中央に描くなど、不自然に思えるほど美羽を排斥しながら美羽を描かないわけではない。「視線力学」を思い出せば、おしゃべりをする四人の温い内容に対し、美羽は存在そのものでツッコミを入れている、ていうか、あえて突っ込まない(正確には突っ込めない)。「人間ゴミ」と似た構図が成立していたわけだ。最後のコマも四人と美羽の関係は変わらないまま幕を閉じる。
さてしかし、はっきり言えば「どきどき」の美羽は次の50話「Friends or Lovers」と対になっているわけで、「どきどき」の内容(ボケ)がことごとく「Friends or Lovers」で美羽によって突っ込まれていることから、動かない美羽が画面中央に描かれていたことにも意味がある、のかもしれない。
茉莉とアナの仲良し関係(茉莉が泣くと、アナも泣いてしまう)←美羽「片腹痛い」
千佳「お姉ちゃん(伸恵)は男みたい」←美羽「ボスって感じ」
伸恵「(彼氏が)いねぇよ!」←美羽「そりゃ彼氏もできないよ」
茉莉の不味いお菓子を褒める←美羽「(茉莉の)おでこに「神」と書くぞ」
ちょっと強引な点もあるかもしれんが、50話の美羽の言動が49話の内容を踏まえることでより一層引き立っていくことは間違いないだろう。
ていうか、「どきどき」で茉莉に抱えられていたジョンは一体どこにいったんだろう……
(2007.5.13)
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