やまむらはじめ「肩幅の未来」

少年画報社YKコミックス やまむらはじめ「未来のゆくえ」収載



 実験作ともいわれるこの作品、私には単にコマ割りを制限しただけの普通の作品に見えましたが、よく読んでみると表面にはほとんど出ない登場人物である彼と彼女の設定・背景がちょっと描かれていることに気付きます。それでは、「未来のゆくえ」145頁から収録の短編「肩幅の未来」をじっくり見てみましょう。
 145頁の4コマで彼の住む部屋の間取りが示されます。1コマ目で彼が登場して扉の隙間から居間の机の脚一本とベットの端っこになにかの台、電話?が見えます。そして暗い玄関に靴とサンダルに、彼女の右足がちょっと見える。2コマ目から4コマ目でアングルが玄関にいる彼女の視点に変わって左手に台所と収納部屋あるいはタンスか? 正面にトイレと風呂でしょう、右手は彼が出てきた居間ですね。一読したときは、なんで4コマ全てを同じ視点にしなかったのか・同じ構図の方がいいと思いましたが、1コマ目の彼女の右足に気付けば納得、146頁の玄関の彼女の登場に見事つながるわけですね。またそこには玄関の全容の他に冷蔵庫も描かれていますね。
 147頁は食事の場面の4コマ。注目は3コマ目。彼の後ろにある3つの棚、まず時計がありますね、7時頃のようです。真ん中の棚には鳥らしきものが写された写真、その右下にも鳥の写真(あるいは絵か?)がありますので、彼はどうやら鳥が好きらしい。4コマ目も状況説明と描写が合致した好例ですね、「御飯こんだけ?」と共に天井からの視点で机上のおかずの少なさを描く。
 148頁の1コマ目で彼女は部屋を出ます。冷蔵庫の位置は146頁で明らかですから、冷蔵庫がどこにあるのかいちいち描きません。ケーキはショートケーキとチーズケーキ(? レアチーズかな?)それぞれ二つずつ。また「大和郷」という店の名を出すことによって彼女が味にうるさいらしい・こだわっているらしいことがわかります。3コマ目の彼女の表情の目の下の斜線は照れている様子(前頁の2コマ目も同様ですが、こちらの方が強調されている。これが彼女の照れた顔、または上気した顔とも読めますが)。そして4、5コマ目で彼女の境遇が暗いものだとわかる、余命半年ばかり? 顔と背景の色が反転して彼の苦悩も伝わり、149頁の1コマ目で動揺する彼の心理を構図を傾かせて暗示。
 ケーキを食べ終えて同頁3、4コマ目は彼女が薬を飲む場面、彼の名前が明らかになる。それから150頁でプレゼントのLD、彼が映画や音楽を趣味にしているようだとわかる。また3コマでは彼の後ろの棚の上に鳥の置き物と写真(二人の記念写真か?)。151頁でプレゼントの見返りを選び、152頁から早速そのLDを観賞しますが内容は不明、LDは復刻版なので古い映画かもしれず、彼女曰く「単調な映画」。また彼がバイトで生計を立てているらしいことが知れますので学生かフリーターの可能性が高い。3コマ目にまた時計登場。時間は九時ごろ。映画の鑑賞場面は二人の背中で、彼女がうとうとしている様子を描く。同時に時間経過は時計の針で表現しますが、ここでちょっと失態、153頁1コマ目で11時頃に見えますが、次のコマは10時半頃、おそらく前のコマは10時頃と読むのが自然でしょう。3コマ目でズームアップ。ここが前半の山ですね。
 155頁は台所の彼女を描きながら彼との会話。ここで彼女が親と同居していると判明します。玄関に置いてある傘も忘れずに描いてあります、当たり前か。156頁3コマ目で視点は外に出ます。ここで窓の位置が示されて、次のコマで視点が窓から飛び込んで部屋の中へ。クロスワードパズルを解く彼女。157頁3コマ目でそのパズルの載る雑誌の表紙「クロスワード」が読めるので、そう言うものが彼女は好きらしい、はたまたはじめから彼が欲しがっていたLDデッキを本当は買いたかったものの、そこまでのお金がないのでパズルの懸賞でデッキを当てようとしたのか、とも考えられます(それとも劇中のセリフ通りの意味かな・・・)。また「秋の味覚特集」の文字もありますね。これも後の展開に影響。
 158頁4コマ目で彼の住む部屋がアパートの最上階だとわかります。木もあるのでそれほど高くない位置、2階か3階か。159頁の2コマ目では彼の心遣いに彼女の心痛の顔、多少の照れもありますが、目が違う。160頁の最後の紙面半分のコマも二人の背中です。これが後半の山。重点に二人の背中の絵を持ってきていますね、締めもそうですし。161頁でおちゃらけて9コマ目で鳥の置き物のアップ。
 そして、夜中の三時に彼女は飛び起きてラーメンを食べに行きます。164頁の1コマ目は同じラーメン(具はチャーシューにメンマと海苔らしい)2丁に見えますが、165頁2コマ目ではスープの色が違いますね。彼女が味噌か醤油で彼が塩かとんこつか。それとも単に描き忘れただけなのかとも思えますが。
 ラストは自転車に乗る二人の背中。月は三日月(158頁4コマ目)でやや真っ暗な夜です。
 ところで、インターネットで検索したところ、中島みゆきに同タイトルの歌があると判明、それとこの作品との関連はあるんでしょうか? 作者の趣味でしょうかね。

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