「銃声はなぜ戸外で響いたか」
浦沢直樹「MONSTER」第14巻 小学館ビッグコミックス
漫画に限らず映画やドラマそして小説でも、人が撃たれた瞬間の描写にひとつの型がある。戸外で鳴り響く銃声だ。両者が対峙し、どちらかがあるいは両方が引き金に指をかけ、これから銃を撃たんとする刹那、極限まで達した緊張感を解き放つように場面は両者から離れ飛躍し、建物そのものまたは空や景色の静けさに銃声をかぶせ、次の場面で倒れる人なり血を流す人なり……
緊迫感を増幅させるに効果的な常套手段だ。浦沢直樹「MONSTER」14巻では、それが効果的に用いられている、第5章「あの日の夜」の中の109頁・117頁である。
109頁を見てみよう。まず107頁で屋敷の全景(これは1巻のそれをコピーしたらしい。質が悪くて線が太くなっている。あるいはコピーを下絵にリライトしたのか?)から何者かの訪問、次の頁で目を覚ますアンナ、姿の見えないヨハン。そして109頁、1コマ目で身を起こすアンナ、2コマ目でアンナの近くにある窓に接近して3コマ目、カメラは外に飛び出す。4コマ目でしのつく雨のはげしさを復唱して、5コマ目から7コマ目にかけて銃声。ここのところ、よく見るまでもなく集中線が使われている。銃声がどこから聞こえるのかをはっきりさせているわけだ。読者には屋内の状況がわからないわけだから、とても親切な描き方と言える。
次に117頁。ここでは誰が何を撃つかはっきりしているので、集中線がない。しかも、雨が降っているにもかかわらず、なにやら静寂さを感じさせる描写で、鳴り響いたさまがよく伝わる。それまで、視点が戸外の場合は「ザーッ」と雨音をかぶせていたのを、117頁3コマ目ではそれを使っていない。銃を撃つアンナの精神状態・つまり雨音さえ聞こえない恐怖や緊張感を物語っている。
前者と後者の違いは言うまでもない。共通項は、銃声が戸外で響いた、という明快なものだ。当然、銃声は外にも聞こえた。だからそれを聞いたものが現れ、警察に通報するという算段なわけだ。警察が屋敷に踏み込む場面を描いた1巻を読むとよく理解できる。この作品では、前述のような銃声の描写はそれまであまり目立たない。発砲場面はいくつもあるが、その瞬間や被弾した瞬間は描かれている。直接描かないにしても、場面があらぬ方向に飛ぶこともない。この劇的な描写のためにとっておいたような印象さえ受ける。浦沢直樹の計算高さを証明していよう。では、そうした描写を採らなかった場合はどうなるだろうか。
好例が8巻の140頁である。5コマ目で場面転換し戸外で「ドン」と響かせた。先と似たような描写に見えるが、その前後を読めばわかるように、先にあった登場人物の緊張感というものがまったく感じられないのである。後に少女が死体発見時に受けた印象を語るに「ただ殺しただけ…」とあることからも納得できる、この場面には感情がないのだ。あるとすれば、前後に展開されるヨハンが風船を買うことに対する「何か」だろう。もしこの場面を138頁の流れを受けて射殺された瞬間を描いたとしたら、そこには撃たれた者の感情がどうしても残ってしまう。となると、残酷さや殺されるものの恐怖が画面ににじむために、作者が強調したい無感動がかすんでしまう。人物の感情を排するにはどうしたら良いか? そのもっとも単純で効果的な方法が8巻の140頁なのだ。
では、問題の個所に話を戻すと、前者の4発の銃声には、唐突さを強調する意味が強いだろう。重要なのは後者だ、ここには例の8巻140頁とはまるで逆の状況がある。そして得られる効果もまったく逆だ。仮に具体的な描写をしたところで、言葉では言い表し難い表情・状況を絵にするのはほとんど不可能なのかもしれない。さらに、読者にまだ明かせない謎があるとしたら、この描写は必然といえよう。(銃声あるいは爆音でもいいが、戸外に場面を映すことで、その音がした後の状況に素直に物語を移行しやすいという利点もある。ある映画で建物が爆発する場面があるとして、たくさんのお金をかけてその場面をとることも出来ようが、物語の展開を考えると逆にそうした場面を排し、音だけを描いた方が効果的なことがあるのだ。)
(さて、以下からは本題から離れるので括弧書きにしよう。件の場面「あの日の夜」、実はここに大きな欠陥がある。劇中、重要な場面のひとつでありながら、この失態はいかに? と作者に直に問い掛けたいところだ。それは111頁の射殺体だ。過去にもまったく同じ構図で描かれた場面なのでコピーしたのだろうが、問題なのは構図である。これは1巻で警察が屋敷に踏み込んだ直後のそれと同じである。警察は玄関から居間に踏み込んでいるが、アンナは廊下から入っている。1巻をよく読めば居間と玄関に多少の距離があったらしいこと、つまりアンナと同じ扉から入ったらしいことが画面にわずかにほのめかされている(好意的に読めばの話である)が、実際の間取りがわかる描写はなく、これでは玄関は居間と通じていると読まれても致し方ない。となると、視点の居所が違うのになぜ目に映った物が同じ構図で描かれるのか疑問が生じよう。この辺は構成の手抜きといえるかもしれない。惜しいなー、もったいないよ。)
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