温もりに潜む激情
MFコミックス 柳沼行「ふたつのスピカ」第3巻150・151頁
読むとほっとする絵柄とワクワクする物語が嬉しい作品である。叙情的とかほのぼのとした絵とか言われていて、確かにその通りなんだけど、一方できっちりと読者を意識した構図やコマの並べ方・セリフの置き方・場面の進め方なんかを目の当たりにすると、漫画に真面目に取り組んでいる姿勢がほの見えて、それも嬉しくなってしまう。
第3巻は獅子号墜落の謎や各登場人物の生い立ち環境が次第に明らかになっていく過程が描かれる。連載前の短編で十分な厚みを持っていた主人公アスミの像は連載後も生かされていたが、それがためにアスミ一人の個性に依拠しすぎるきらいがあったけど、3巻に至ってようやく各キャラがアスミ抜きでも動けるようになったことで、この作品がひとまわり大きくなった感が強くある。長期連載作品は苦手だが、これに限ってはじっくりと丁寧に書き続けてほしい。
さて、具体的にどのへんが巧いのか見ていく。まずは場面転換の仕方、標準的な手法ではあるんだが27から28頁への展開や39から40頁への変化。この漫画ばかりではないが、遠景にセリフをかぶせて場面の移動に時間経過を織り込んだ自然な流れが表現されていて手堅い。特に後者は訓練中・走っている人々の俯瞰に「はあ〜疲れた」の一言を重ねて次の場面で休んでいる図が想起されるとともに時間が経過した事が一瞬で読者に伝わる仕組みである。さらに45から次頁への流れも同様である。無駄にコマを使っていないのだ。
次が土台の安定感。アスミが通う宇宙学校の全景は2巻冒頭に描かれるが、作者はすでにどこに何があるかきっちりと把握していると思われる。架空の場所なわけで架空の地図を作ったという次第。当然の作業だが、それを劇中で生かすのは難しいのではないか。本作では下校の様子が幾度か描かれているが、その時に気がつくのが階段である。階段を下りていく→学校から出るという図、46頁がさりげなくそこを描いている。これは79頁の下段のコマでより明確になる、帰ろうとする圭を呼び止めるアスミ、圭の先には階段がある。結局圭は教室に戻ったので階段を下りない。そうして88頁で階段を下りていく佐野だ、これで学校を去っていくことが描写されている。また校内の描写でたびたび現れるのが四角錘の建物、これだけでどの方角が現在描かれているか作者は理解しているんだね、ほんとに堅実だ。裏設定にぬかりないのだ。
あとが遠景。13話の見開き(150・151頁)で描かれて星々、過去の回想に重ねつつ13話冒頭の天の川も加え、なおかつライオンさんのハープの音を隠し味にした単なる二頁の絵ではない、それまでの話の流れをすべて吸収した結果目を止めて見入ってしまう力が宿った見開きなのだ。で、先述無駄がないといったけど、やはり長期連載の宿命かどうしても冗長な展開も見受けられてしまう。だが決めるときは決めてくれるのが柳沼氏、この星空に込められている情報量=マリカの感情が半端ではない。126頁6、7コマでマリカがいつも見ていて窓枠に縮小された星空、狭い世界、閉じた世界の中で生きている変わらない自分と移ろう星空に齟齬を覚え、しかしそれを感情で表せない苛立ちをいっぺんに解放したマンション屋上で見上げたかの星々つまり宇宙をはじめて見た彼女の衝撃は読者である私をも興奮させた。ここから逃げたい衝動のままに駆け上った階段の先で見たものが、たどり着きたい未知の世界になっていたのだ。「とんだ天体観測」となった小旅行もマリカにとってはかけがえのない思い出を想起させた素晴らしい天体観測だったのである。(併録された短編「アスミの桜」の島津が年少時病院の窓からいつも見ていたアスミとライオンさんの姿にも通じる景色である。ラストのコマ「いつかきっと行くからね」と青空ではなく宇宙を見上げてつぶやくアスミそのものの姿もマリカの宇宙と重なる。柳沼氏って感動の煽り方が抜群だね。)
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