蚊帳りく「勉強はきっとウチらに平等だ!」
いつか二人が並んで歩く日
となりのヤングジャンプ 2024年5月10日掲載
塾を辞めざるを得なくなったミーカ(田代光香)は、自習相手を求めて、塾に通わずともそこそこの成績を修めていたりっぴよ(高梨陽菜)に突然声をかけるところから物語は始まる。りっぴよは、お互いに教えあって頑張ろう! と意気込んで、受験に向けた二人の切磋琢磨が描かれることとなる。
ミーカは、泣きながら鼻水だらだらの状態で、ひどい鼻炎らしいのだが、最初の対話からりっぴよに「拭いて拭いて」と面倒を見られるほどに、どこか頼りない感じだ。黒髪ロングを三つ編みにぴしっと決めつつも、ちょっと緩めたネクタイが、ミーカの真面目さの影に潜む感情を、物語が進むにつれて明かしていく。
ミーカの勉強熱心な様子を前面に押し出してくる姿勢の一方、りっぴよは、ミーカの保護者然とした対処をさくさくとこなし、後に語られる家族構成からも、弟妹の面倒を見るようなものなのだろう、とても頼りになるお姉さんとして描写される。かわいいグッズが好きらしい髪留めやバッグに服装とおしゃべりの様子から、後にミーカの父が断ずるような能天気な女子高生という印象を周囲に与えつつも、実は勉強が大好きなキャラクターとして、その本心が明かされる山場の場面は感動的だ。
けれども、二人の家庭環境が「勉強をしたい」という情熱に大きな影響をもたらす本編とは別に、私は、二人が仲良く並んで歩いたり勉強する場面にとても感動していた。
最初の対話からして、すぐに仲良くなった様子が、構図によって動かして演出されている。二人の足元のカットから、左側にミーカ、右側にりっぴよが、並んで歩きながら、互いの家庭環境を軽く伝える。1コマ目の左上に降ってくるような光とも風ともつかないきらめきが、未来への希望のように思える。
大学に行きたい、という思いが人一倍強いミーカの「早く家を出たい」という言葉、ミーカはここで立ち止まってしまう。先を歩く形となったりっぴよが、やや後方を振り返るようにミーカの告白に耳を傾ける。すると、りっぴよは自分の将来をちょっと恥ずかしそうに前に顔をやや向けつつ、それでもミーカを伺いながら、強い意志が感じられる「私は稼ぎたいからね」という、きらめきを伴う宣言を発するのである。
ここでりっぴよがミーカに向き直って近づいて、偏見をたしなめると、羽ばたこうとするかのようなりっぴよの両手を広げた様子が描かれる(光とともに遠くで飛んでいる鳥もまた印象深い)。そしてまた、足元の描写。どこの大学に行きたいか? というミーカの問いかけから、今度は二人の立ち位置が入れ替わると、ミーカの「帝大行きたい!」という希望に、優しい光輪のようなきらめきが、背景に現れるのだ。物語ではあるけれども、もうこの最初の動きある対話によって希望を聞かされてしまうと、大丈夫、絶対ハッピーエンドだよ! と自然と応援してしまう私がいた。
駆け足で描かれる勉強の様子のうち、特に一年秋から冬にかけての3コマが、とても象徴的だ。二人が何事にも真剣に取り組んでいる様子を、下からの構図で描く。カラオケで熱唱するりっぴよと、相変わらず涙と鼻水だらだらのミーカ。体育祭で朝木くんとの触れ合いも察せられる二人(朝木とミーカの関係は物語では深く突っ込んで描かれないが、なかなかに良い関係性が想像できる)。そして電灯の下で勉学に勤しむ二人。
下から上を見上げるような構図は、この物語のカギとなっている。勉強をしている様子を描くのだから、自然と下を向く姿勢の二人が描かれることが多い。それをさらにより印象付けるように、下から二人の表情をうかがう描写なのだ、何かに虐げられているかのような・重い空気が、特にミーカの頭上に漂っていて、非常に心苦しい重石となっているのだろう。あるテスト結果に「絶対調べ上げてやる」というカットも、涙と鼻水を垂らしながら、悔しさを前面に押し出し、りっぴよがちょっと驚くという場面(りっぴよがミーカの想像以上の悔しさに、ちょっと距離を感じるような構図で間を描く、この一瞬の表情により、りっぴよは、ひょっとしたら、これまでは付き合いだった勉強も、ここから本気でミーカと受験勉強を頑張ろうと誓ったのかもしれない)もあり、この構図は、作者の得意な構図なのかもしれないが、それによって、山場で強烈な光を輝かせることとなる。
ミーカの母親である。家庭の事情で帝大受験が出来ない危機を救うりっぴよの躍動は痛快ではあるが、ここに母親が父を制する傷ついた手を描くことで、全て察せられるような状況を描きつつ、「おねがい」「行かせてやってください……!!」という1頁大の構図が、強烈な光を放つ未来への希望を纏った二人を見る母親の視点なのである。
そうしてまた、この希望は、りっぴよにとっても同様に希望の光だったことが明らかにされるのである。「あ」「り」「が」「と」「う」という5コマとその表情、ミーカを見つめるりっぴよは、光が降ってきているような明るさに包まれていた。
おそらく二人の人生にとって大きな分岐点となるだろう。ひょっとしたら、二人が一緒に人生を歩むことはもうないのかもいれない、それだけ、実は大きな断絶を描いていたことが知れる展開にしびれてしまうのだが、それでもやっぱり、二人が仲良く勉強したり歩いている場面が、とてもとてもより一層、愛しい余韻として感動するのである。
いつもお世話されていたけれども、りっぴよと交換した参考書を開き、水を飲み、鼻をかみ、三つ編みをしたミーカの凛々しさは、確かな成長の手ごたえであり、外光に白く輝く窓から差し込む光が後光のようにミーカを包むと、きっと合格するに違いない未来を、私たち読者に強く印象付けるのである。
(2024.5.13)
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