ろびこ「僕と君の大切な話」1巻

講談社 KCデザート

風の奇跡



 ストーカーまがいの行動の果てに、下校時、駅のホームで告白を決行した相沢さんと、論理的な対話を試みようとするも何かがちょっとずれている東くん。高校生二人の男女の会話劇が面白い、ろびこの新作が「僕と君の大切な話」である。
 次の列車が来るまでのホーム、本を読みながら座って待っている東くんと同じベンチの端に距離を置いて座った相沢さん。丁寧に取材した形跡がうかがえる駅構内を背景とし、見るからに美女、見るからにメガネの勤勉野郎、設定としてはありふれたキャラクターでも、ろびこはそれを感じさせない画力がある。もう扉絵から数頁で、物語の世界に・達者なキャラクター絵で造形された・二人の佇まいに一気に惹きこまれる。
 だが1話目にはまだ遠慮というか、まだままならない設定が伺える。東くんの読む本が「人間失格」という他人を寄せ付けない雰囲気の小道具としては定番中の定番であり、相沢さんは完全に犯罪である窃盗の繰り返しは変態であり、美形とのギャップがコメディという、これまた定番である。
 個人的にこのマンガは紛れもなく面白い傑作だなと感じたのは2話目である。ここで本来やりたかったキャラクターの設定が、おそらく発揮されたと思われる。
 東くんの読む本こそトルストイ「戦争と平和」だが、これは1話で男は戦いが好きよねって話を振った相沢さんとの対話が影響しているようだ。以降、彼の読む本は前回の影響を微妙に受けているっぽいのだが、穿ちすぎかもしれない。それはともかく、構内というシチュエーションが最も発揮されたからである。
 女は自分に甘い・律するべきだという前回の男の話に対するものだろう、東くんの持論に対して、相沢さんは、それでも女性に男性は優しい・その理屈なら無視すべきだと相対する。構内を吹き抜けようとする風が二人の前に緑葉を舞い躍らせ、きらめくような決め台詞を東くんが見開きで言うのだ。映像が浮かんでくるような一瞬を切り取った、東くんの優しさが相沢さんに伝わったかのような錯覚を起こさせる。相沢さんの喜び・心理状態が風によって読者の眼前に呼び出され、空に葉が舞っていく場面が秀逸である。
 立ち上がった相沢さんは、改めて「友達」から付き合ってくださいと、再度、告白の意を決した。そして再び、二人の間を吹き抜ける風が、きめらくように……否、きらめかないのだ。
 急行が通過したことで発生した人工的な風が、相沢さんのスカートを捲りあげてしまうのである! へそまで見える、結構豪快な風だ。ただしパンツは描かれない。ばっちり見てしまった東くん、コメディとしての手腕は「となりの怪物くん」はじめ短編で実証済みである。この説明文ではそっけないが、その前の風の描写があるからこそ、そのギャップによって、面白さをかもし出すのである。
 さてしかし、ワンシチュエーションで対話を描き続けるにはネタに限度もあるだろうが、3話目では東くんの真剣さを自然な仕草のなかで丁寧に描きこむことで5話目の相沢さんの仕草の変化を表現している。
 1・2話目で本を読んでいた彼は、相沢さんとの話の途中で、本をどうしたのか、どこかで鞄に仕舞いこんでしまったようなのだが、いつの間にやら本を持っておらず、そのような仕草がうかがえない。3話目になって初めて彼女の話に正面から向き合おうとした表れとして、本を閉じ、それを鞄に仕舞ったことをうかがわせる描写を1コマ入れるのだ。さりげなくて気付きにくいけど、つまらない駄洒落を唐突に言う直前のコマ、相沢さんの想いは、彼の重い腰を「動かす」のである。掲示板に貼られた「ストップ 温暖化」のポスター・汗をかくペンギンの絵も何気にいい効果である。真面目さの東くんがこれから思いっきり外してくれることを予見するように、あえてメッセージ性の弱い・ありがちなポスター絵である。
 この掲示板は東くんの後ろのポスターだけ時々貼りかえられているらしい。いつから始まるとも知れない平和台高校の収穫祭のポスターがずっと中心にありつつ、相沢さんの背後にでーんとまします「よしじま医院」の案内がありながら、東くんの後ろには様々なポスターが彼の読む本のように様変わりする。たいした意味はなさそうなのだが、微妙にストーリーに絡んでいる点が滑稽だ。4話で登場した東くんの友人・高橋くんは、彼女が二股しているらしいと相談を持ち掛ける。それを聞いて興奮した東くんと相沢さんの背後には、「このミステリーがすごい」と何故か本の宣伝ポスターがはっきりと描かれる。
 そして5話目である。冒頭から左手で頭を抑える相沢さんの仕草が、もうすでに寝癖を気にしていることが理解できよう。いつかこれがストーリーに大きく絡んでくることが予見できるし、楽しみで仕方がない。だが、わかりやすい仕草で左手を頭から離す瞬間を描かないのは、前述で東くんが本を鞄に仕舞う仕草からも想像できよう。さて、いつ手を離すのだろうか?
 5話が心地よいのは、読者をしてその予想された展開を忘れさせるほどに二人の対話に熱を込めてくるからである。あ、今左手を添えなくなった……という瞬間が描かれるが、そのコマはさして注目されることがなく、東くんが普段の言葉からは想起できない誉め言葉でまくし立てるのだ。クラスの女子に嫌われた理由がわからない彼は、相沢さんに何故だろうと問いかけると、彼の真っ正直な口調を改め、もっと女子の言葉に共感を示すべきだと諭される。練習として相沢さんが繰り出す言葉に次々と共感の言葉を調子よく反応すると、相沢さんが魅力的である旨の言葉を、真っ正直に投げかけるのである。
 電車が来て先に立った彼と彼女の間を、どこからともなく風に流されてきた緑葉がゆっくりと吹き抜けていく。風の動きに合わせるかのように、おもむろに振り向いたような演出が素晴らしい。そして、嬉しすぎてニヤニヤが止まらない相沢さんに対し、東くんは電車に乗ろうとする別れ際、ようやく「寝癖がすごいな」と告げるのである。
 こんなんわかってても笑うに決まってるやんか。
 対話から生み出されるキャラクター性でストーリーを展開するコメディ漫画(+恋愛漫画)の快作だ!

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