「ちおちゃんの通学路」1巻 世界の果ての通学路・日本編

メディアファクトリー MFコミックス フラッパーシリーズ

川崎直孝




 2014年4月に公開されたフランスのドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」は、4つの国の子どもたちの登校する様子を追ったドキュメンタリー映画である。
 ケニアの兄妹は2時間かけて野生の動物たちが闊歩するサバンナを駆け抜ける。モロッコの少女たちは、4時間、山道を歩いて学校に向かう。アルゼンチンの兄妹は、1時間半、毎朝馬に乗って学校に通う。そして、インドの車椅子の少年は、二人の弟に牽引されて1時間半の道のりを登校する。
 この映画を鑑賞しながら、日本の子どもたちは幸せだねぇ平和だねぇなどとクソみたいな感想しか言えないとしたら、不見識にもほどがあるだろう。彼らは何故、そこまでして学校に通うのか? この映画は、学びの喜びを静かに訴えてくる、優れたドキュメンタリー映画なのである。
 だが、そのような境遇の少年たちが日本にもいるといったら、どう思われるだろうか。昔の話ではない。現在の日本だ。苦労を厭わず、毎朝サバイバルよろしく学校に登校する少女が、日本にも実はいたのだ。川崎直孝「ちおちゃんの通学路」である。
 この作品はタイトルどおり、朝、家を出てから学校に到着するまでの「ちお」という女子高生を詳らかに描いた。毎朝のように訪れる物語の数々は、少女の過酷な境遇を推し量るに十分だろう。
 ある朝、ちおは狭い通りを塞ぐように大型バイクを駐車する暴走族と思しき青年と遭遇する。タバコをふかし、通れるものなら通ってみろよ、と時代錯誤甚だしくも恐れを知らないサバンナの野生の象のように鎮座しているのである。
 ケニアの兄妹に父は語る。野生の象は凶暴だから気を付けろ、と。現にケニアでは登下校中に象に襲われて亡くなる子どもがいるという。
 ちおは、この状況をどのようにして潜り抜けるのだろうか。暗殺の世界に長らく身を置き、徹夜も厭わず戦いに明け暮れる彼女は、さながらサバンナのハンターだ。青年の威圧に泰然と彼女は言い放つ。
「中の下だ 普通を目指せ 平穏が…最もすばらしく最も難しい」
 という大仰な紹介はともかく、暗殺もゲームの中の話である。ネットゲームのし過ぎで寝坊して遅刻しそうになって大慌て。急いで学校に向かったはいいものの、いつもの道が工事中でした! そんな、毎朝直面する壁に七転八倒右往左往するシチュエーションコメディが「ちおちゃんの通学路」なのだ。
 出落ち感半端ないこの作品において連載を支えているのが、ちおのキャラクター設定である。もちろん彼女には、映画のような学びたい意志なんてものはないし、車椅子の少年のような、医者になって自分の足を治したいみたいな目的もない。連日徹夜するほどのネットゲーマーであり、しかもゲームの世界ではそこそこの腕前を持っているらしいということ。当然彼氏がいるはずもなく、暴走族の青年に向けた言葉からもわかるとおり、彼女自身、目立たず地味に自分の趣味に没頭したいという、意識低い系の人物である。
 そのため彼女にとっての障壁は数限りなくある。登校する生徒の中にあっても、何事も起こさずに学校で過ごしたい。クラスの人気女子に声を掛けられることすら障壁になりうるのだから、このキャラクターのクズ加減は今後も連載を続ける上で大きな糧になるに違いない。
 5話ある1巻の中でも白眉ともいえるクソ話(誉め言葉)が4話目である。偶然仲良く登校する中になってしまったイケてる女子の細川さん。友達の真奈菜と登校中だったちおは、細川さんがイケメン男子とイチャついているように登校する現場に遭遇する。2人の会話の内容を妄想しながら、後を付いて歩く格好となったちおと真奈菜は、2人が脇道に入っていく様子を目撃してしまう。
 朝からお盛んですなぁとばかりに、クズな動機で友情を再確認したちおと真奈菜がドキドキしながら後をそっと追う。もちろんネットゲームのようなノリを忘れないバカっぷり。彼女の動きは、ゲームのように残像でその機敏さが描写され、過剰な演出によって・彼女の真剣な言動のばかばかしさを煽る。
 結果から言えば、イケメン男子は細川さんに告白するも、部活に専念したいと言われて振られてしまう。問題はここからだ。2人は来た道を引き返して登校途上の道に戻る。細川さんと顔見知りのちおは、盗み見という下衆な行為をしていたことがバレてしまう。戦慄するちおと真奈菜がとった驚くべき行動の顛末はともかく、家から学校までの一方通行という決まった背景の中で、遅刻が許されないという時間制限や戻ることが出来ない道のりを、ちおのゲーム好きという設定をいかんなく発揮して活写するのである。
 下校途中の寄り道物語は数あれど、登校という限定された状況で羽を広げてあっちにこっちに飛びまくり、バタフライ・エフェクトみたく何度も過去をやり直そうとするもうまくいかない・というような深遠な主題ももちろんあるわけがなく、ひたすら登校する様子が今後も描かれ続けるだろう。ケニアの少年は日本公開を記念して来日した際に、インタビューでこう語った。
「たとえ学校へ行く道に危険はあっても学校に行くこと自体がいいことなのです。自分の将来にとって役に立ちますから。」
 少なくとも、ちおちゃんの将来には何の役にも立ちそうもないと思わせてくれる点はコメディとして重要だ。ちおちゃんのくだらないエピソードを読むと、今日も平和だなぁと実感するのである(クソみたいな感想)。
(2015.2.2)

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