ビリー「シネマこんぷれっくす!」2巻
マンガの実写映画はどう語るべきか
KADOKAWA ドラゴンコミックスエイジ
マンガの実写化に対するネガティブな言説がいまだに絶えない。今年(2018年)だけでも「咲 阿知賀編」「リバーズ・エッジ」「ちはやふる 結び」「羊の木」 「坂道のアポロン」「恋は雨上がりのように」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「センセイ君主」「累」「響」など、面白いマンガの実写化映画が続いているにも関わらず、ひとたび話題のマンガ実写化の報に接したとき、相も変わらず同じようなことを毎度毎度、どうせつまらないなどと決めつけた言葉に触れてしまう。
どのような人々がそんなことを言っているのかは、不特定多数のために類推するしかないし、そんなことを言って下手な先入観で文句を言っても詮無いことだが、映画を語るマンガが増えた昨今、ビリー「シネマこんぷれっくす」は、マンガの実写化について真面目に語った嚆矢として、記憶すべき作品になった。
もちろん、これまでもマンガ実写化がネタにされることはあったけれども、必ずつまらなさの筆頭として俎上に挙げられるデビルマンや、面白かった例として必ず挙げられるデスノートにしても、もはや10年以上も前の作品であることを忘れてはならない。古い映画とは言わないが、個人的に、いつまでそんな過去の映画を話題に挙げ続けているんだろうと、呆れを通り越して、最近の映画を全然観ていないんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
けれども、この作者は、めちゃくちゃ映画を観ていることが物語の断片から窺えのである。それは、調べればわかってしまうこれまでのタイトル羅列型の映画語りマンガと異なり、映画研究部・略して映研・部外からは死ね部と何かとバカにされる高校生たちの青春群像劇としての物語の端々に、映画を観てなければ言及できない映画の細部が描かれているからである。
たとえば11話、主人公の一年生・熱川が、先輩の宮川(通称宮さん、だけどジブリ好きという設定ではなくクソ映画ハンターと呼ばれているB級映画ファン)に男の影アリの情報が黒澤(名前の通り黒澤映画ファン)と花(カンフー映画ファン)からもたらされると、事実か否か確かめるべく尾行するところから物語が始まる。
男と落ち合った宮さんのイチャイチャを目撃した熱川は、その様子を「グッド・ストライプスかよ」と例えるのだ。知らないでしょ。知らないよね。マイナーだからね、この映画。たまたま監督が地元出身ということで単館系の映画だけど地元で公開されたんで観たんだよ、私は。そして、このたった1コマのために費やされる情報量、観ていない人にとっては、そういう映画があるんだね、くらいで読み過ごされてしまうんだけど、そうじゃないのだ、この場面にこの映画を例える選択眼が素晴らしいのである。知らないでしょ、この映画(しつこい)。コマの中で描かれるのは結婚式の場面なんだけど、この映画、倦怠期のカップルに子供出来たことから結婚に至る道程を描きつつ、結婚を決めたことでお互いを愛おしい存在だと意識していく、平凡な日常の大切さに気付かせてくれる素晴らしい映画なんだけど、欄外の「色々と生々しさがある映画」という簡潔な解説もまた事実で、出来ちゃった結婚ってこんな感じなんだろうなぁというなし崩し感もまた「生々しい」のだ。
あるいは「殺された白猫の復讐にヤクザを詐欺ったり」と説明される「カラスの親指」、これも観てないでしょ。観てないよねー。のん(能年玲奈)がめちゃくちゃ可愛いし、ブレイク直前の石原さとみが頭の足りない役で艶っぽい演技したり、何より阿部寛と村上ショージの掛け合いが何とも言えず最高なんだけど、観てないよねー。残念だわー、めちゃ面白いのに―。というウザイ自慢はさておき、たった一言のセリフにも映画ネタを仕込んでくることが出来るのは、作者が多くの実弾(映画鑑賞)を持っていることを仄めかしていよう。
さて本題に入ろう。2巻収載の12話でマンガの実写化について語られる。ここでは、おなじみの反応として、マンガの実写化ねーわーという会話に盛り上がる。もちろん観ていない。世間の評判がそう言っていると言っても、狭いSNSの中だけだろう、あるいは5ちゃんねるか、映画ファンからは総スカン食らっている某映画批評サイトか、そんなところだろう。熱川は過去に観ないで映画を批判することの愚を犯したがために、宮川にクソ映画三昧の刑罰を受けながら、またしても、その愚を犯そうとした刹那、黒澤が「実写化は信用できない…ねぇ」と颯爽と登場するのだ。「たかだか数本ハズレを引いたくらいで全てを観たような口ぶりじゃないか」待ってました、まさにその通り!
黒澤の言葉を買った松本(熱川の友達)は、マンガの実写化はクソだ、クソを量産してやがる、コスプレ学芸会としょぼいCGだ、原作ファンは泣いているぞとまくしたてる。だが黒澤は全く動じない、何故なら、興行的にも映画としても高評価を得たマンガの実写映画を挙げればそれで済んでしまうからだ。「ちはやふる」「のだめカンタービレ」「釣りバカ日誌」。十分すぎるだろう。でもアクションやCGはしょぼいじゃないかと言われても「るろうに剣心」「ジョジョ」を挙げればよいのだ。そんなのはごく一部だと? うむ、確かそうかもしれない。だが最近の邦画のCGはかなりいい出来栄えだ。低予算でも鑑賞に堪えうる作品がほとんどだと言ってもいい。何故なら、ほとんどの映画にはCGだと気付かれないシーンがたくさんあるのである。実はあのシーン、CGなんですよ、と言われて気付くとこも珍しくない。それでもマンガの実写化はやはりクソだと松本は言を曲げない。
黒澤は、別にいいんじゃないの?とあっけらかんと言ってのけた。ただし条件がある。
2巻86頁。観ないで語るなボケ!
ということだ。
まあ、そんなあらすじはともかく、「シネマこんぷれっくす」は映画語りマンガの真打と言っていいだろう。巻末のあとがきで「あの夏 いちばん静かな海。」を好きな映画として取り上げる作者の感性もポイント高い。そう、これいい映画なんだよ。北野映画と言えば個人的に「ソナチネ」と「キッズ・リターン」だけど、これもねぇ、バス追っかけるシーンとかねぇ、女の子が砂浜で体育座りしてるあのぽつねんとした雰囲気とかねぇ、青年の真似してサーフィン始めるバカ共とかねぇ、黒澤明が「ビートさん、あれはいらなかったね」といったラストの回想シーンも個人的には、いやそこ削っちゃダメだろ!ってくらい好きなラストシーンでねぇ…映画っていいもんですねぇ。
戻る