「GIANT KILLING」7〜8巻
講談社 モーニングKC
作・綱本将也 画・ツジトモ
前回が(これ)。で、7巻から続く大阪ガンナーズ戦が8巻でさらに盛り上がっている。2点を先制されて苦戦を強いられるETUは、大阪攻撃陣の要のひとりである窪田に翻弄される形で前半を終えた。窪田のマークを任された杉江は、黒田とともに、センターバックとしての不甲斐なさを痛感し、後半の奮起を誓った。
さてしかし、またしても椿なのだ。大阪の波状攻撃を止めてからのカウンターが椿を起点として反撃の一点に繋がったのだから、つくづく椿という選手への思い入れが強くなる。結果は雑誌連載をちょろっと追っているのでわかってはいても、やはり興奮してしまう、うおーーーーETU一点返したぜーーーー!!
もちろん、椿の動きは唐突なものではない。全ての選手の動きには、少しずつ積み重ねた流れがある。
セカンドボールをことごとく拾いまくって大阪の厚い攻撃を支えていた窪田の前に颯爽と現れた感のある椿は、確かにその場面だけ読めば、突然・ひょっこり・ワープしてきたような印象があるだろう。けれども、そのような印象を与えるために、物語は当初からある描写に重きを置いていたことを見逃してはならない。窪田と杉江の動きである。
これはETUの得点場面がいみじくも語っていた。この一点は、迷いを吹っ切ってようやく攻撃に集中したFW夏木が、得点のためにがむしゃらに動いた結果招き入れることが出来たわけなのだが、この夏木の動きにつられてしまった大阪守備陣というものが、まさに読者の視線を窪田・杉江に引き寄せようという演出と同期しているのである。
7巻から二人がどのように描かれていたのか。主な場面を並べてみよう。窪田と競り合う杉江は、前半こそ振り切られる状況があったものの、後半からは窪田の動きに対応出来るようになり、それなりにボールを奪うところも描かれていく。数点の図を見て、すでに気付かれた方もいると思うが、これは、あえてそのような図を選んだわけではない。窪田と杉江の描写を集めただけである。窪田(白の7番)に身体を寄せる杉江、そして、杉江(3番)のフォローに入ろうとする椿(7番)。ETU反撃のシナリオは、とっくにはじまっていたのである。
窪田と杉江の競り合いの近くには、椿がいた。8巻109頁では、窪田からボールを奪った杉江がフォローに入っていた椿にパスをしている。
この作品は、椿の動きを追っていくだけでも十分に楽しめる。彼は、夏木や杉江のように迷い無く、敵味方関係なくボール目掛けて走り回っている。先制点を奪われるクロスを上げられる直前の場面では、椿はここにいるし、ボールの向こうには常に椿が居るような、そんな錯覚さえしてしまうと言えば大袈裟だけど、そのくらいの印象深さがある。名古屋戦では、この椿の献身的な動きが囮として機能したわけで、いやほんとにフィクションとは言え、やけに気持ちが引き寄せられてしまう魅力的な「選手」だ。
7巻158頁。ETUの左サイドを突破した大阪の片山がセンタリングを上げる直前の場面、それを追う世良と清川、大阪のFWハウアーから一瞬離れた黒田、右上には窪田にぴったり付いている杉江、中央にはゴール前に走る椿。
だからと言って、椿が荒唐無稽な動きをコマの外でしているわけではない。彼は、左ボランチとしてのホジションを与えられ、その期待に応えるべく走っているに過ぎないからだ。だから右ボランチのいる村越のフィールドにまでしゃしゃり出てくることはないし、右サイドの石浜のフォローに入ることもない。椿は、左サイドの清川のフォローに周り、きちんとポジショニングをしている。2点目を奪われる場面の椿にしても、彼はトップ下の窪田の右側から現れてボールを追っていた。あるいは初めて杉江がセカンドボールを窪田に渡さなかった場面にしても、杉江のパスを受ける椿がいる。窪田のあわや3点目という場面で椿が登場したのも、窪田の右側から、左ボランチのポジションからなのだから、この作品の視野の広さがうかがい知れる。
同じくゴールに戻る椿。「ファウルか」のフキダシの右下に小さく描かれていた椿は、次にはゴール前まで戻っていた。
では、この窪田からボールを奪う場面ではどのような演出が仕掛けられているか。
75話は、窪田のモノローグを中心にした挿話である。試合を左右する次の1点に向けてゴールに突進する彼の視野がETUゴールに吸い寄せられていく。夏木のゴールへの迷いと対照的に窪田という若いFWの無邪気さが前面に押し出され、杉江のチェックをかわした瞬間の姿は、読者をして3点目を奪われるかもしれないという衝動が湧いてきた。そのボールをかっさらっていく椿の見開き頁。
椿は、杉江とともに窪田のチェックによく動いていたにもかかわらず、75話では見開き頁まで一切登場しなくなる。村越の守備や世良の攻撃意識でカウンターの予感を煽りつつも、これまでの描写に必ず絡んでいた椿が登場しない。その描写を踏まえた上で、椿はコマの外でひたすら走っていたのは間違いない。溜めに溜めた椿の不在感を一気に放出し、彼の存在感の大きさでもってカウンターの攻撃を力強いものに変えていった。
早く9巻読ませろー!
(2008.11.25)
戻る