「GIANT KILLING」26巻
駆けるマクレガー、寄せる赤崎
講談社 モーニングKC
ツジトモ
25巻から描かれるETU対千葉は、26巻に入ってゲームを動かしてきた。ETU応援に関わる人々の葛藤を傍らで描きつつ、試合は白熱を帯びていく。もともと「GIANT KILLING」が描く試合は、戦術的な描写が多く、選手のポジショニングの重要性や献身的なプレーの意味などを達海監督と選手とのやり取りを通して描いてきた。
そうした過程を経て、ようやっと熟成の色を見せ始めた長い連載も26巻に至って、まだまだ面白い試合展開を用意していたのだから驚きだ。いかに相手チームを攻略するかに重きを置いていた監督たちの思索が、攻略される側に立つのである。いわば、これまで描かれてきた試合とは全く逆の立場になったETUが描写されるということだ。
その攻略の糸口は物語の当初から描かれていた。守備をしないジーノ、体格的に劣るセンターバック。今試合はさらに正ゴールキーパーである緑川の負傷に替わりゴールを守る佐野や右の赤崎の不調、右サイドバックに攻撃的な選手・ガブを加入するなどといった新たな選手の投入により、従来のETUとは少し違った弱みをさらに見せている。守備の司令塔的立場であり要の緑川がいないことで、バックラインを統率する杉江の守備意識の負担が増し、攻撃的なガブをフォローするためにボランチの村越は否が応でも守備的にならざるを得なくなれば、もう一人のボランチである椿にゲームの中軸を任せるのはまだまだ力不足だろう。千葉は左サイドで脚力のあるロベルトを積極的に活用することで、ETUの守備陣を右へ右へと寄せていった。
薄手となった左サイドは、清川のふんばりでどうにか支えていたが、攻略されるのは時間の問題に思われた……というのが25巻までの大雑把な流れである。
26巻に至り、ガブのオーバーラップは控えめになり守備の不安は多少消えたけれども、得点機会はやはりガブの右サイドの突破が欠かせなかった。攻撃の要であるジーノがマクレガーのマークをはじめ三人のボランチに挟まれて満足に前を向けない状況では致し方ない。千葉の攻撃に後手後手になってしまうETUであるが、失点は思わぬ形でもたらされる。
もちろん前振りはあった。マクレガーに厳しく指示を出すミルコビッチ監督の台詞には、マクレガーの課題がジーノの徹底マークだけではないことを含んでいた。だが、誰も彼の本当の役割をわかってはいない、読者でさえも(彼が何かやるってのは察せられるけれども、千葉の攻撃にマクレガーが絡む場面がこれまで一つも描かれていないのだ)。
千葉の攻撃パターンの復習をしとくと、まず攻撃の起点である戸倉にボールを集める→左サイドを走るロベルトにガブが上がってがら空きのETU右サイドを深くえぐらせる→クロスに中央の斉藤か右サイドの土橋が合わせる、というのが何度か描かれる。ETUの選手たちも読者もこれに引きずられるのは言うまでもない。ジーノのマークでマクレガーは守備的な選手と認識させられているからだ。
249話の扉絵は戸倉がロベルトにロングボールを入れた場面である。これまでも描かれたパターンが千葉のカウンターとして決定機の予感をビシビシ感じさせながら展開させる。またしても斉藤か土橋に合わせるのか? しかし、この扉絵をじっくりと見ると、マクレガーがすでにゴールに向かって走り始めていることに気付く。センターサークル付近の椿はボールを目で追うだけ、ロベルトを追う村越、ロベルトに引きずり出される杉江、斉藤に張り付く黒田、ボールを上げた戸倉の後ろにジーノ。これがETUの守備陣である。見えないけれども、画面の右端にはゴール前を固めようとする・あるいは土橋のマークに入ろうとする清川もいるだろう。
一方の千葉は、中の戸倉、左サイドを走るロベルト、1トップの斉藤、画面右に土橋、その後ろに走っているマクレガーが描かれた。千葉が本当に魅せたかった攻撃の形が、豊富な運動量とパワフルなプレーのマクレガーによる突破だったわけだ。
次に、一点を先制されたETUが後半に敷いた布陣を見てみよう。劇中でも触れられているように、奇策と捉えられてしまっても致し方ないジーノのボランチと椿のトップ下であり、赤崎の左サイドだ。千葉のペースで試合が進みながらも、徐々に攻撃の形をイメージしていくETUのイレブンが、どんな攻撃を見せるのか期待が募るところだ。
こうした期待を背負うのは、得てして椿であるのだけれども、彼はやはりゲームの行方を担う宿命をも背負っているようである。ボランチで下がっているときは確かに村越のような力溢れるボール奪取が出来ないし、前半は千葉の攻撃を防ぎながらも、ジーノにつながらない故にカウンターもままならなかった。ジーノに対するガードが固められていたわけだが、ジーノと椿を入れ替えることで、実はカウンターが容易になったのである。
ETUの両サイドは千葉のゲームメーカー・戸倉のスペース裏へのロングボールを警戒して引き気味だ。25巻で達海はチーム好調の一因を村越と椿の攻守にバランスの取れたダブルボランチにあると自己分析している、「2人が組んだゲームでは相手に高い位置からのプレスをかけにいける分…ディフェンスラインも上がり 厚みのある攻撃へとつながる」
ディフェンスラインが低い位置のETUは、「厚みのある攻撃」を仕掛けられないでいたのである。だが、ジーノを下げたことで、低い位置からでも精度の高いロングボールを前線に運ぶことが出来るようになったのだ!
255話。右サイドからの突破を企む千葉の土橋は戸倉のスペース裏に流れるボールを追った。ETUの右サイドバックの清川も負けじと走ると、彼は土橋との競り合いに勝ってボールをキープする。反転、ジーノにパスを出すのだ。これまでならば椿か村越を通してからのジーノだったわけだけれども、いきなりジーノがボールを持ったのだから、カウンターが決まって当たり前なのである。
というわけでETU同点の場面を見てみよう。ここも256話の扉だ。ジーノから右サイドを駆け上がる宮野にボールが向かっていく俯瞰図である。選手はかなり小さく描かれているが、右から宮野、世良、椿、赤崎がゴール前に向かって走っている。千葉の陣形もあわせてETUの右を詰めようとプレスをかけようとしているところだろう。次のコマでアップで描かれるマクレガー。彼がETUの攻撃を分析してくれるのだが、彼の思考は、そのまま読者に対する期待を煽るのだ。椿がやってくれるに違いない!という高揚感だ。
宮野から世良、そして椿に渡ったボールは、ゴール正面までわずかだ。シュートを打てる場面でもある。マクレガーの体躯を活かした守備に対して、俊敏さでかわした椿は、キーパーと一対一の好機を得るのである。
この劇的な場面は、またしても椿の成長を実感させてくれるのだが、このシュートがバーに嫌われるってのがまた素晴らしい。千葉ゴール前に走っていたもう一人を完全に忘れさせるほどのプレーに、赤崎が跳ね返ったボールをボレーしてシュートを決めてしまう場面のあっけなさに、劇中の監督や選手たちだけではなく、読者である私たちの誰もが虚をつかれたに違いない。
(2013.2.13)
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