三好宏平
「ハナバス 苔石花江のバスケ論」1巻で学ぶ現代バスケ その1
講談社 KCデラックス
高校生になったコミュ障の主人公・花江が双子の妹で天才バスケプレイヤー・咲月の自主練にのみバスケと実は関わっていたことが明るみになることで、物語は第1話にして大きな山場を迎えたといっても過言ではない。バスケ素人の私でも、端々にバスケ理論に基づくものだろうと推察できる描写がちりばめられており、読み応えが半端なく、詳しくは語られない情報が数多く埋め込まれている。
本稿では、1巻で描かれたバスケに関わる描写を拾いあげることで、現代バスケ理論の一端に触れてみたい。ただし、本当に素人目線なので、中には馬鹿なことをクソ真面目に書いているところもあるかもしれず、ご容赦願いたい。
・テニスボールを使ったドリブルの練習
1巻17頁
「バスケ テニスボール」で検索すると、練習法をはじめとした解説をする多くのサイトを確認できる。そのうちのいくつかを確認すると、片手でドリブルをしながら、もう一方の片手で、テニスボールを真上に投げる・壁に向かって投げる、あるいは練習相手に投げてもらってキャッチするなどなど、左右の手で違う動作を訓練するために、このような練習方法が存在する。
・呼気で湿らした手のひらでバッシュの裏を拭く
1巻49頁
実際に試合を観戦した方なら見たことがあるだろう。バッシュの裏に付着したほこりなどを拭き取るために、ちょっとした時間が空けば、この動作をするプレイヤーを目撃できるはずだ。
つまり、バスケ経験者であることがこの1コマで瞬時に伝わるということでもある。意味が理解できない小緑が「?」となる一方、対する二人が「!」と真剣な眼差しになるのも道理なのである。
・ドライブ
1巻62頁
「ドライブ」とは「ドリブルでディフェンスを抜いてゴールに向かう」という行為であり、ディフェンスを抜けなくても、ゴールに向かうドリブルは「ドライブ」と呼ばれる。劇中では、花江の正面に対峙した夏凛の横をドリブルで抜けていく、「右ドライブ」する場面が鮮烈に描かれた。
・コートキーパー
1巻65頁
汗が滴る、汗が床に落ちる場面が何度か描かれる。床はちょっとした汗でも滑りやすく、モップで拭くこと、あるいは雑巾で抜くこともある。プレイヤー以外にも、試合中、コートの両端で屹立する四人のコートキーパーも試合を円滑に進める重要な役回りである。この場面では、もともとモップを持ってコートに入っていた春が、その役目を負っている。
・初めての1 on 1
1巻55〜56頁、花江と夏凛が初めて対峙し、花江が夏凛の左側をドライブする場面である。後に花江は持ち前の鋭い観察力によって相手の癖を読み取る能力が明かされるわけだが、会って間もない夏凛からどれだけの情報を花江は読み取ったのだろうか。
対峙する前に描かれる夏凛は、練習前のモップ掛けをする春にもたれかかって引きずられるように倉庫から体育館に登場し、花江と小緑を一瞥、新入部員?と笑顔で駆けよってくるも、バスケ未経験と知って入部希望を足蹴にすると、奮起した花江が1 on 1で勝ったら小緑の入部を認めてほしいと持ちかける、ほんのわずかな場面しかない。この間、夏凛はどんな所作をしていたか。
41頁目でボールカゴに寄りかかりながら、夏凛は右手の爪を気にして、親指と人差し指をカリカリと爪をこすり合わせている(癖かもしれないが)。43頁目で右手人差し指でボールをひっかこうとすると、左腕にボールを抱え、次頁ではハンドリングのひとつ・腕によるボール回しを行う。極めつけは、右手のスナップでシュートをする45頁の場面だろう。右膝にサポーターを付けていることから、利き足も右だと予想できよう。
こうして挙げると、少なくとも夏凛が右利きであるという情報は基本として、右に比重を置いたプレイヤーであることが知れる。そして、花江と対峙すると、夏凛は右利きとして左足をやや前に出して構えることになる。
ドライブの基本は相手が前に出した足の側を狙っていくことにあるが、花江はそれまでの情報と自身のスピード、経験者と知っても油断している夏凛の表情(54頁の上から見下ろす場面)から、その基本通りに動けば、最初のドライブは自分でも抜けると判断したのかもしれない。抜く直前の花江の体重移動もきちんと描かれていて素晴らしいカットである。
その後、花江が実は咲月と9年間1 on 1では咲月と同等に対していたことが花江の回想により読者だけに語られると、夏凛もまた、春の解説によって得点力に優れたプレイヤーであることが知らされる。バスケ素人の小緑は、他のプレイヤーから解説を引き出すキャラクターとして、よく機能していよう。
・夏凛のオフェンスと花江のディフェンス
夏凛のターンになると、早くもその得点力を活かそうと右ドライブからの速攻からシュートを狙うと思いきや、花江がぴたりと夏凛についてきたことにより、春を驚かせることになった。どのようなディフェンスによって具体的に夏凛を止めたのかは描かれないが、その前に「ワンアーム」という花江の守り方と、「近い分プレッシャーは かけられるが抜かれやすい」という注釈、夏凛や春の解説によって、読者は夏凛がスピードで花江を置き去りにしたと思う一頁が描かれる。
ワンアームの基本的な構えは、左右どちらかにドライブする方向に身体を預けることで、ドライブさせやすい方向をあえて作り、次の相手の動作を読みやすくすることだ。足だけ抜いたコマが、夏凛が「なめんな」「ブチ抜く」とやや感情的になって右足に体重がかかって左足のかかとが上がっている様子をきちんと捉えて描き、夏凛もあえてそこに飛び込んで力の差を見せつけようとしたのだろう。
小緑の「早」っというセリフに「は」と一文字だけルビを付けたのも、「はや」という間もないほどのスピード感を端的に説明し、とても効果的だ。
だが、花江も反応していた。花江の動作を描かず、まるで突然、夏凛の進行方向に現れたかのような描写は、それ以上のスピードであることを物語ると同時に、夏凛が花江の身体に腕を巻き付けて払い飛ばそうとする、明らかなオフェンスファールも誘っている(実際にファール判定されたのかは不明)。
花江のディフェンスにより、54頁で花江を見下ろしていた夏凛は、やがて、花江から見下ろされる立場として描かれる瞬間が訪れる。79頁の「堅い」と連呼する夏凛の抑え込まれていく様子は、コマが小さくなっていく効果も相まっていることは言うまでもない。
夏凛の感情的な言動はやがて短慮・焦りとなって、花江の左ドライブに反応できない安易な状況を招いてしまう。ジャンプしている状態では守備ができないとは、後に2巻の2 on 2の場面で副部長の水神が解説する通りだ。
さて、1 on 1の場面で描かれたバスケの場面をいくつか取り上げるだけでも、本作がとてつもないバスケに関する情報量を描写に秘めていることが知れよう。試合場面になれば、その量は桁違いに増える。いずれ2巻の2 on 2、そして3巻で描かれる練習試合についても、調べながら本作のバスケ描写の面白さを探っていきたい。
(2025.8.25)
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