原作:クワハリ 漫画:出内テツオ

「ふつうの軽音部」1〜5巻

殺風景な部屋

ジャンプコミックス



 「ふつうの軽音部」が相変わらず面白い。5巻では、いよいよ軽音部引退となった先輩・たまきがボーカルのバンド「性的カスタマーズ」が大トリを務める文化祭の後夜祭ライブの様子を中心に、情動に訴える演出を続けざまに、主人公・鳩野が脇に追いやられてしまうほどの熱量で、たまき先輩の回想と演奏を描く。好きだった先生への想いや、別々の学校に分かれてしまった友人とのエピソードを畳みかけながら、これまでの出来事に対する自分なりの決算を、歌と曲に込めて読者に訴えかけてくる作劇は、ホントに素晴らしい。まさに曲を聴きながら読むに相応しいライブ場面である。
 そうした回想やイベントごとを頼りにキャラクターを組み立てていく本作は、一方で、私にはいささか不可解に感じられる描写が多くある。キャラクターたちが過ごしている室内の描写が、きわめて殺風景で、無機質なのである。
1巻41頁 1巻41頁
 1巻40頁で初めて描かれた部屋では、鳩野が初めて先日買ったギターを練習する様子が描かれるが、室内の調度品などなどは、実に質素で、鳩野というキャラクター性を象徴するものが描かれていないのである。原作者も作画もまったく関心がないのではないか、というほどにとても情報が少ない。
 もちろん妄想で埋め合わせることは可能だ。例に挙げた上図では、ギタースタンドやアンプが右端に、鳩野の背には窓のカーテン、左側には本棚と観葉植物が置いてある。観葉植物に着目すると、鳩野が小さい頃、まだ両親が離婚前の回想で、父親からギターを弾いてみろといわれる場面がわずかに描かれるが、そこにも父親の座る場所の隣に観葉植物が置かれているので、その影響なのか、あるいは鳩野家ではそのような習慣があるのかもしれない。鉢の形も木の育ち具合もこの図の植物とは異なっているので、おそらく大阪に来てから購入したものなのかもしれない。
 素人の知見でも、キャラクター性を描くのであれば、好きなバンドのポスター、本棚には好きな漫画あるいは歴史小説でもいいだろう、単行本のキャラクター紹介頁で明かされるその趣味をうかがわせるものを描くだけでも、鳩野の性格やこれまでの人生を匂わすことはできる。だが、それを描かないのである(本棚下段の未開封の段ボール箱は、大阪に引っ越してきて数年も経つのにまだ整理しきれていない(ほったらかしにしているものがあっても気にしない)荷物がある鳩野の性格の一端と捉えることもできようが、これもまた妄想にすぎない)。
 たまたまだろうか。他のキャラクターを見てみよう。以下の2例は彩目の部屋の中の様子である。
2巻151頁 2巻151頁
2巻179頁 2巻179頁
 彩目は小学生時代、太っていたことを負い目に感じ、中学生から美容痩身に努めていた経緯が明かされるが、この描写だけでも、円机の上に散らかる化粧道具類から、それをうかがい知ることができるだろう。右端の黒い塊もハートマーク型のクッションらしいことが知れよう。下図のベッド上に放った雑誌のタイトルは描かれないものの、彩目の暗い回想とその状況が乱雑さによって演出されている、キャラクター性が垣間見れる珍しいコマである(なお、タイトル不明の雑誌も3巻17頁では、「17」などが見えることから、高校生が読むだろうファッション雑誌を読んでいることがわかる)。
 上の2図から、あまり物をきちんと片付けないのかもしれない、という性格が推測される。
2巻152頁 2巻152頁
 次の例は鷹見の部屋である。PCに向かいながら、おそらく机に座って勉強をしていると思しきところで彩目からの電話に応じている。室内の様子をうかがうも、ギター、本棚、そしてテレビ。テレビも何か趣味にかかわるものを見ていると思いきや、次のコマでニュースを流し見していたことが分かるので、ここでも部屋の様子は、非常にさっぱりしていると言える。それっぽいものを置いてあるだけだ。
 引用はしないが、原作となったクワハリ先生のジャンプルーキー!に掲載されているマンガも、同様に部屋の様子は殺風景である。おそらくこれは、前述したように、部屋の描写にそれほど関心がないのだろう。
 作画の出内テツオ先生はどうだろうか。前作「野球場でいただきます」は、プロ野球ファンの主人公がいろいろな球場を巡りつつ、球場メシを堪能するグルメマンガであるが、主人公の部屋の様子が何回か描かれるが、同様に、ほとんど背景が描かれないのである。かろうじて野球のボールとそのスタンドに、野球っぽいポスターがうっすらと描かれるものの、主人公の部屋でおせち料理を食べるような室内が舞台の回であっても、調度品っぽいものの形状が描かれるにすぎないのである。
 結論から言えば、結局これは作風であり、キャラクターに対するアプローチの仕方が、私の思うところと全然異なっているということなのだ。
5巻81頁 5巻81頁
 ここで引用した図は、5巻で活躍したたまきの室内である。ベッドや写真らしき調度品、円机にその上のコップ、端っこにスリッパなどなど、そして観葉植物である。先ほど自ら鳩野と観葉植物の関係性を妄想したが、作画にとって、これらは多分に記号でしかなく、深い意味はないのだろう。所詮は妄想でしかない。そういう意味では、ただ一人、彩目だけが詳しく部屋の様子を描かれているといえ、他のキャラクターの室内は、状況だけを描いているといえる。
 さてしかし、いったいどこでキャラクター性を描いているのだろうか。
 言うまでもなく、キャラクターが身に着けているものだ。彩目が着ているものが一番わかりやすいので、引用しよう。
2巻63頁 2巻63頁
2巻185頁 2巻185頁
 彩目は単行本の幕間の自己紹介で好きな音楽のひとつに「クリープハイプ」を挙げており、そのわかりやすい例である。2巻63頁で着ているTシャツは、2019年の夏フェスで販売された「おばけでいいからはやく着てTシャツ」である。2巻185頁で着ているTシャツは、2020年9月に受注生産で限定販売された「レモンスカッシュTシャツ」で、ファンとしての深い愛情が理解できる。妄想を広げれば、2019年2020年は彩目が小学高学年か中学生というその趣味に目覚めるがどうか微妙な時期であるだけに、ひょっとしたら親がファンで一緒にライブに連れていかれて彩目もファンになった、または、親のTシャツを譲り受けたとも考えられる。
 また、各キャラクターの制服の着こなしにも注目すると、その性格や位置づけについてキャラクター性を妄想するのも楽しいだろう。鳩野が着ている文字入りのTシャツからでも、あるいは余所行きの服を着ている他のキャラクターたちから服装の好みも見えるだろう。自己紹介頁だけでは計り知れない・ストーリーだけでは補完しきれない、読者一人一人にとっての新たなキャラクター像が浮き彫りにされていくのだ。
(2025.1.5)
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