「MYMHz マイメガヘルツ」

講談社モーニングKC「バカとゴッホ」第1巻収載

加藤伸吉



 私は、落ち込んだ気持ちを「ブルー」と形容する奴はもちろんのこと、道端で枯れた声をとどろかす奴も、公園で自作のなにがしを広げてどうぞ買ってくれ・せめて見てくれと主張する奴も嫌いだが、そんなこと言ったらネット上でこんな文章を公開するのも同じではないかと思い及ぶわけで、みながみな自己主張のしのぎを削って四六時中焦っているのだから平和である。その裏には常にどろろんとした汚濁まみれの感情がうごめいているけれども、そんなもの露とも漏らさずつとめて沈着に生きている。現実に身を処して妥協し、打算を繰り返してのほほんと暮らしている。理想をちょっとでも囁くものならたちまち嗤われて酒の肴になるのが落ちとくれば、迂闊に本音も言えやしない窮屈な日常に至ってしまう。そんなの冗談じゃないよとばかりに叫んでやまないのが加藤伸吉の絵である。
 彼の絵は愚直だ。それでいて人物の繊細な心理描写をやってのける強引さは正直恥ずかしいくらいで、もっと落ちついて描けよと肩を叩きたくなるほど騒がしい。「バカとゴッホ」第1巻収載の短編「MYMHz マイメガヘルツ」は作者の絵心をそのまんま物語に転生させたような純粋さ(つまりいつもの調子)でもって読者の感情を落ち着かせてくれる不思議と熱くならずに読みとおせる作品だ。
 けれども冒頭通りの不純の私は、主人公の青年が街中で殴られるのを読んで、仕方ないな・実際うるさいもんと思ってしまうわけで、非常に心苦しくもある。昨年暮れに観た映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の中でセルマことビョークの「最後から二番目の歌」を聞いてぶっとばされて絶句したまま、感動の形も様々だなと思いつつ余韻に浸りながら歩いていると街中の喧騒さえ耳に届かなかったのに、「彼ら」の歌声だけが突如感動を引き裂いて脳の中に飛び込んできたものだから腹立たしくて心底ぶん殴ってやりたかったという経緯があって、不愉快節を心中唱えていたその時の自分がひどく痛々しく、なるほど、彼らは私のようなこんな視線に堪えて賢明に自己主張している健気な連中なのかと、この作品を読みなおして改めて思い……というのは真っ赤なうそで、そもそもこういう連中に腹が立つきっかけは、たとえばある日の帰るさ地下道に入る否や、携帯電話の話し声が響いてきて、もっと小さな声で喋れよと歩を速めればどうも何かしらの旋律が混じっているのに気付き、唐突に現れたる彼ら3人だか4人くらいのグループで、まるで通らない声にも驚いたが、そのうち一人がタンバリンを持って私に近づいてきたときには更に仰天し、どこぞ異次元の世界に連れていかれるような恐怖から逃れるべく駆け去ったものの、長い地下道、背後からいつまでも聞こえる彼らの声が私の行為を非難するらしい自意識過剰状態に陥って、勘弁してくれよと泣きたくなった。たとえばある日は、広い階段の踊り場から若者の会話が聞こえてきて、何人かがたむろしているのか、煙草は吸うなよと思いつつ階段を上ると、ギターを抱えてなにかわめき散らしている男2人に他2、3人の男が周りを囲む説法会場に出くわし、慌てて他の道へ逃げた。かようなことが重なって、ただ騒がしいだけでなく、あまりに酔っ払った自称某連中のカラオケに殺意に近い感情が常にほのめくように至ってしまったのだ。
 そんな彼らも主人公の青年よろしく下手でもいいから人生の哲学というか、人知の及ばない空間に思いふけり、自分の問題を瑣末に感じ入ってしまう表現に打ちのめされたり心昂ぶったりするのだろう……と思わないとやってられない。世間の評判に流されない思索をせめて一個くらいは持っているだろうと想像しないと憤りは治まらない。いや、多分彼らにも劇中の留学生の女の子のような理解者がいると思われ、それはそれで実に微笑ましいことなんだろう。さてしかし、加藤伸吉はこてこての青春にきっちりと反論してくれる人々を登場させるから読めるのだ。「誰にも理解されない」と愚痴らせずに、理不尽だろうがなんだろうがきちんと非難してくれる人、この存在は見逃せない、私みたく通り過ぎずに殴ったり皮肉ったりしてくれる人がいるのだから、まだ救いだろう、うらやましいくらいだ。青年よ、あんたはまだ恵まれているのだ。
 それにしても、たとえばライオンの死に弔意を吠える近所の犬たちの小さなコマはさりげないけどいい場面だ。コマの隅々、頁の隅々にまで情熱を注げる筆力には恐れ入る。これからも、じっくりと書き続けてほしい作家である。
 さて先日、映画の上映前の時間を持て余し、他の映画館に行って現在の上映状況を確認してまわるためふらふら歩いていると、独りギターを抱えて歌い叫ぶ青年を見つけた。独り、独りとはこれいかに。今まで見てきたのが複数の輩だっただけに、かの青年の声は寒さとあいまって一層弱弱しい。その姿自体がもう悲愴なのである。そうか、ひとりっていうのもまたとても勇気のいることなんだろうな。恥をかくのも殴られるのも怒鳴られるのも笑われるのも全てひとりで背負って、誰も立ち止まらない通りに向かって歌いつづけるのか。そんな君には是非ともこの作品を捧げたい。

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