「ラーメン大好き小泉さん」1〜2巻 ずるずる、ふはーっ
竹書房 バンブーコミックス
鳴見なる
個人的にラーメンを食べるという行為には、そこはかとない背徳を感じている。食べ過ぎは身体に良くないとかいいながら、誰もがその旨さを認め、夜食の定番はラーメンと相場が決まっている。あれ、身体に悪いんじゃないの? と思いつつも、インスタントでも構わずに食べてしまう。特に困ってしまうのがスープの処理である。麺が減っていくのに合わせてスープもちびちび飲んでいても、どうしても最後に残ってしまう。塩分たっぷり、個人的に健康が気になるお年頃だが、そんな心配も気にせずに完食を続けるキャラクターがいる。鳴見なる「ラーメン大好き小泉さん」である。
藤子A御大は小池さんをゴルファーにしたりウルトラでスーパーなデラックスの人にしたりといろいろ弄繰り回したけれども、鳴見なるは小泉さん、池を泉に変える奥ゆかしさでもって、女子高生がラーメンを食べるだけという物語を作り上げてしまった。
本当に食べるだけである。ドラマ性を廃し、どこかの店でラーメンを食べる姿に焦点を定め、そこに物語としての山場を持っていく。小泉さんのキャラクター造形は、どうやら金持ちのお嬢様らしい設定と、ラーメンに関する只ならぬ薀蓄だけで構成されている。1巻カバーを外して確認できる彼女のキャラクター解説がすべてを物語っている(ちなみに、何故待ち時間に読む本が徳川光圀なのかといえば、日本で最初にラーメンを食べた人物だと言われているからだろう)。冷淡ともいえる他人への無関心ぶりが、彼女が味に関する感想をあまり述べない・ラーメンの出来に関してあまり批評しないという、無口な性格に則った性質であり、料理するというよりも、自分でいかに工夫して食べるかという点に力が注がれているのも、ラーメンをこよなく愛する風情が見えよう。この世にまずいラーメンはない、あらゆるラーメンも彼女の手にかかれば、おいしく食べられるのだ。
そんな勢いでクラスメイトをはじめ周囲を巻き込んでいく小泉さんのラーメン世界にあって、この作品の魅力が彼女の艶かしい食べる姿である点は否定できず、女子高生という設定もまた効果的である。快感を覚えているような高揚、酔いしれる欲情は、その旨さを伝える術が、言葉でなく彼女の表情に拠っているわけだが、その描かれ方に注視すると、背景で感情を表す模様を描き、擬音で息を吸い込む系の音で読者の目を引き寄せ、「ふはー」「はー」といった吐き出す息によって、おいしさを文字通り吐き出し読者も一緒に食べた気にさせている。
また、背景のトーンの使い方は他の場面と一線を画している。本作が現実のラーメン店を主舞台にし、取材を通したであろう写真をもとに食材等を描いているリアルにあって、キャラクターの表情と同様に、食べる場面の背景は、こうした写真の背景を後景に、キャラクターの内面に迫る幸福感溢れるようなトーンで埋める。背景の資料がない場合は、2巻26頁のように思いっ切りトーンでごまかしている例もあるわけだが、基本的に花びらや雪の結晶のようなトーンを散りばめ、そこにキャラクターの息を吹き込む。ラーメンの温かさによってだろうか白くなったように見える息が画面を埋めると、食べた後の開放感に読者も共鳴するわけだ。
写真とマンガ的記号によって使い分けられた背景。この両極端ともいえる描写をつなぐものは何だろうか? 2巻17話の冒頭は、実際のお店を取材した後がうかがえるコマが並ぶ。店の概観、内部、ラーメン。写真に写っていた人々も背景として描き込みながら、その中の一人に小泉さんを混ぜ、現実の舞台にいるような処理を施している。だが、これとて写真と比べれば少し浮いているし、そもそもキャラクターと背景は区別して描かれている。その輪郭と建物などが重なって描かれることがないのだ。常に少し隙間があり、時にキャラクターの周囲が白いものに覆われている印象を与えかねない場面もあるのだが、それはともかく、背景に被さった「ずるずる」という擬音によって、まずキャラクターの動きが想起できよう。
そして、写真とキャラクターをつなぐものが登場した。ラーメンの湯気だ。これだけは写真に収めることは出来ないし、仮に捉えることができたとしても、白い霧に動きを伝える瞬間をマンガに起こすには、煙と思しき記号を使うのが手っ取り早い。
かくして、写真から発せられたラーメンのリアルは湯気によってキャラクターに吸い込まれ、吐く息によって如何に旨かったのかを表情で伝えるリアルに変換されるのである。
一方、湯気がないラーメン・冷やしラーメンを食べる回では、小泉さんと彼女にすっかり巻き込まれて日常的にラーメンを食べる機会が増えたキャラクターを加えた4人によって、写真のリアルを梯子させた。店の概観をしっかりと描写するのである。2人1組で異なる場所で同時にラーメンを食べているという変化球により、夏の暑さから逃れ、涼しげなトーンによって、その瞬間を共有する4人の一体感は、現実の場所によって確保されるのである。
おそらく今後も取材の成果は作品の中で存分に発揮されることだろう。ご当地ラーメン紹介マンガみたくなっていくのか、それとも小泉さんという謎多きキャラクターに迫っていくのか。そんなのはどっちでもいいし、両方追求していくんだろうし、あまり重要ではない。理屈は置いといて、背徳なくラーメンを食べた気にさせてくれるだけで本作には十分満腹である。
(2015.2.16)
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