小林立「咲 -Saki-」18巻
対立と宥和
スクウェア・エニックス ヤングガンガンコミックス
高校生麻雀の闘牌を描く青春映画・二本の劇場版も好評だった「咲」の連載もいよいよ決勝戦に突入した。16巻から本巻は、その前哨戦と言える五位決定戦の様子を詳細に描きながら、各キャラクターが織り成す人間模様を浮かび上がらせたと言えよう。決勝前の主人公の咲たち・清澄高校の面子や、咲の姉であり最強の高校生雀士・照もいよいよ登場し、決勝戦に向けた盛り上がりは、劇場版の興奮を凌駕している。
さて、私は麻雀に疎いし役もよく知らない。とりあえず同じマークを三つ揃えればいいんかな?三つ数をそろえればいいんかな?程度の知識である。それでも、この作品を面白く興味深く読むことが出来るのは、愛らしいキャラクターや魅力的な物語展開だけでなく、麻雀という限られた舞台設定で描かれる演出の工夫などの作劇術が、とても面白いからである。
限られた、というのは言うまでもなく、一つの四角形の机・いわゆる卓の各辺に四人が座って牌を取ったり捨てたりと言った、限定的な空間と動作を指す。田中ユタカ「笑うアゲハ」の感想で書いたことと重複するが、同じようなシチュエーションであれば、将棋や囲碁などもあると思われるだろうが、麻雀はそれらと異にする運否天賦の要素が非常に大きく、盤面の捨て牌を描いたとしても、わずかでも相手の和了り牌を引き当ててしまう・牌を捨ててしまう可能性が残っている。そうした運の要素を、異能めいた能力によって引き当てたり引き当てさせる展開を描く「咲」は、少年漫画の能力バトルに通じる駆け引きが劇中で披歴させる。卓上の四人は意志を通じ合うことはもちろんないが、各打ち手の能力を推測したうえでの指しまわしがスリリングに演出され、単なる引きの強さを意味あるものであるかのような説得力を個人的に感じている。
今回重視したいのは、四人の立ち位置である。ここも将棋や囲碁とは異なる点だろう。常に対峙し続ける描写にせざるを得ないそれらと違い、四人の描き方は構図により千差万別な変化を生む(余談だが、もちろん将棋であってもそうした工夫は可能である。今年(2018年)公開の「泣き虫しょったんの奇跡」は、元奨励会の豊田利晃が監督しただけに対局シーンも最大の工夫がこらされた演出を味わうことが出来る。日常シーンの自転車の疾走とともに、各対局の均等に撮られた主人公と相手の表情は、それだけで緊張感を伴う印象的なシーンの連続となっている)。
では、四人の構図として平凡に考えられる点は何だろうか。誰を支点にしても、右手の相手、左手の相手、正面の相手という三人が視界に入るだろう。左回りに順番が来るので、気になるのは左手より右手だろうか。対立的な構図となるのは、当然、正面の相手である。
「阿知賀編」の山場で描かれた戦いでは、阿知賀の正面に白糸台という構図が多く採られた。阿知賀の倒すべき相手として君臨する白糸台という面だけでなく、たとえば次鋒戦、弘世の正面に座った松実宥は、弓を射抜くようにロンする演出が、そのままわかりやすく弓矢で相手を撃つ場面として描写されるが、松実を狙ったロンはわずかに躱されてしまう。弘世の右手の二条が横からの不意打ちとして射抜かれ翻弄されるのに対して、正面だからこそ、相手を見据えて躱す動作が、そのまま相手のロンの狙いを外すことに繋がっている。
「咲」の県予選決勝でもいいだろう。大将戦は主人公の咲と圧倒的な強さを誇る龍門渕の衣(ころも)の対決だが、二人は向かい合うのではなく、隣り合った位置に座るのである。対決でありながら、その実、結果は勝敗よりも尊いものだったという二人の戦いは、感動的ですらある。また、衣と対面した相手の池田が衣の直撃を食らいまくる前半も、対面しているからこその対立関係を如実に表している。そして、咲と対面した加治木にしても、最後に大逆転の手を秘かに狙っていたのだから、ここにも対面との対立構図が見て取れよう。例外はあるだろうが、四人だからこそ、向かい合った相手とは激しく対立し、左右の相手とは異なった対立関係が生じるだろう展開が予測できるのである。(またまた余談だが、「咲」では席を決める場面がしっかりと描かれているのに対し、「阿知賀編」はその辺がないがしろにされている印象があるのが残念である。四人の構図も含めて、原作者と作画者の物語展開の重要性の意識の差なのかもしれないけれども)。
では具体的に読んでみよう。五位決定戦の大将戦は、新道寺の鶴田と姫松の末原、有珠山の獅子原と千里山の清水谷がそれそれ対面する。
18巻157頁(文字は筆者による)
最初の局面、東一局、副将戦で和了を約束された新道寺の鶴田に対峙する親の有珠山の獅子原が積極的な和了りを狙っていく、「親なんだよなぁ」と鶴田の捨て牌にポンと鳴き、続けて姫松の末原の赤ドラの五萬切りに鶴田が反応するコマに「チー」と獅子原が鳴く。当然、姫松の捨て牌に獅子原が泣いたのだが、鶴田との対立関係を示すためだろうか、鶴田の表情の一部を見せてから獅子原を描くのである。二人は隣り合っているが、対立関係のように描かれる。何故か。鶴田のリーチに獅子原の諦めかけた表情が描かれると、鶴田がツモ和了りする。末原と清水谷は終始様子見と言った塩梅で、二人の対立を見守っていたのである。そのために鶴田と獅子原の視点を中心に描かれたのだろう。二人の正面には、まさしく末原と清水谷がいるのだ。続けて鶴田の連続和了場面、まず鶴田が九種九牌で場をリセットすると、様子見の末原と清水谷が鶴田の狙いに気付き、驚きの表情を同時に見せる。ここでは対立関係にあった獅子原が描かれることはない。
図は対立関係がわかりやすく例示された場面である。この後、鶴田とその様子を窺う末原が対峙する構図、獅子原のリーチに清水谷が反応する構図と、向かい合った二人が交錯するするように局面が展開し、獅子原に三人が注目するも、次局ですぐに獅子原に対面する鶴田がリーチするという、対立関係による構図が流れるように各キャラクターの表情を捉えつつ、同時に物語を進めるというテンポの良い演出がなされている。
18巻101頁
そうして清水谷の本領が発揮される。最初に反応するのは、もちろん対面の獅子原である。ゾーンに入った清水谷に「ゾクッ」とするのだ。
その後、清水谷の連続和了を止めるべく末原は動き続けて様子を窺う描写が続くと、二人の対立関係が浮き上がる。下図は右が末原、左が清水谷で末原が先に打ってすぐに清水谷が打ったように見えるが、実際の打つ順番は清水谷→末原であるため、この構図はマンガ表現上の制約を無視してでも、二人の関係を強調したい演出意図が垣間見えよう。
18巻146頁
18巻末から始まった決勝戦、咲が属する清澄高校の先鋒・片岡の対面に座ったのは、誰だろうか。次巻以降から本格的に始まる決勝戦は、席順を決める段階ですでに、照にボコられるだろう片岡か、一矢報いる片岡を描くことが予想されるが、そんな素人予想は置いといて、次の実写化はいつだろうかと思いつつ、次巻以降も楽しみが尽きない。
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