桜箱
「スベる天使」1巻
瞳に星輝く宇宙(「瞳」と書いて「め」、「星輝く」と書いて「きらめく」、「宇宙」と書いて「そら」と読ませるやつ)
白泉社 花とゆめコミックススペシャル
天羽舞というキャラクターそのもの、やることなすことがギャグなんだよなぁ。おそらくクラスメイトは誰もその天然なおもしろキャラクターに気付いていないし、天羽さん自身も自分自身の言動が人を笑わせる魅力があることを知らない。城間くんだけなんだ、天羽さんの面白さを理解しているのは。多分。
さて、面白いネタを考えるのは物語として極めて高いハードルを設定しなければならない。人気アイドルが、陰ながら大好きだと慕う兄の言動を追う、雁木万里「妹は知っている」という作品では、その兄は、ラジオリスナーとして有名なハガキ職人であり、大喜利ネタを得意としている。周囲の人たちはそれを知らず、妹が優越感に浸りながら好きすぎる兄との日常を描いていくのだが、ハガキ職人であり大喜利芸人としても一目置かれる赤嶺総理や、ハガキ職人として著名なよもぎもち氏がネタ作りに協力しているだけに、劇中の大喜利ネタは実際に面白く確かなものだ。
一方、桜箱「スベる天使」はどうだろうか。面白いネタはまだ描かれていない。天羽さんが読んで笑った城間くんのネタ帳に書かれていた内容は不明だし、城間くんが考えて天羽さんが初めて笑ったネタの内容も、おそらくそれほど大きな問題ではないだろう。劇中で天羽さんが演じるコントやモノマネとして描かれる、本当に面白くないネタが、本当に面白くなく、かつ、天羽さんというキャラクター性の面白さを引き出す上で欠かせない展開と結びついていることが、物語にとって抜群に面白いという、不可思議な事態に直面し、正直戸惑っている。
どこか描き慣れていないような頭身で描かれるキャラクターたちの絵面は素人っぽさを醸しつつ、それはそれで本作のコメディとして効果的で、特に天羽さんが文化祭でとうもろこしのコスチュームで登場するくだりは、まさかホントにスベるネタを物語上、描くことはなく、シーンとした体育館に城間くんが颯爽と登場して陰ながら支えて大うけし、天羽さんって勉強やスポーツだけじゃなくてお笑いの才能も凄いんだね!と謎の評価を受けるところを、遠くから城間くんと天羽貝がうんうんと涙ながらに笑って見ているみたいな私のささやかな妄想は、あっさりと覆され、ホントにそれやるの?という劇中で実際どこが面白いのか城間くんも読者も困惑するほどに誰も・おそらく作者さえ理解できないところを天羽さん独自の視点で絶対に笑いを取れるネタだと渾身のコントを披瀝するも、やっぱり誰も笑わず、いたたまれない空気が漂い、えっ、これって逆転不可能な絶体絶命の状況じゃん、というところの城間くん一人悪者説で何故か乗り切ってしまう天羽さんに、存在そのものがギャグじゃんか……とあっけにとられてしまうのである(ここまで早口に一気に捲し立てる)。
そもそも、城間くんと出会う山の中、密かに練習場所として選んだだろう天羽さんのモノマネ「向こうから散歩してる犬が こちらに寄ってきたがった時」の犬を模した可愛らしい顔と、ギュインという擬音を言いながら身体をくの字に曲げる動作と、何故着ているのか明かされないチャイナ服という珍奇な組み合わせは面白いのに、モノマモ自体は全然おもしろくない。照れ隠しから奇抜な格好で登場した城間くんを相方に誘う場面のほうが、余程、頭のねじが外れた危ない人感が出ていて、むしろわかりやすくて面白いくらいだ。何故、このモノマネは面白くないのだろうか。
ネタを説明しなければならないという屈辱に結局耐え切れず泣き出してしまうわけだが、助走としての説明が足りない点が挙げられよう。登場するや否やギュインと言われても、なんのこっちゃである、飼い主と「向こうから歩いてくる」感じを助走として演出することで、犬の散歩、という現象が観客に伝われば、とりあえず掴みはOKだろう。そして観客、つまり城間くんを見つけて駆けだそうとした刹那、リードを引っ張られてギュインとなる……ダメだ、そもそもが面白くないし所詮は素人考えでしかない。あるあるネタなんだろうか、城間くんみたいに私も犬のことよく見てない、吠えられて飼い主がコラッて小さな声で叱りながらリードで引っ張ってギュインってなるところは思い出せるが、こうやって説明しないと伝わらない時点で、ネタとしては瞬時に干からびてしまうんだろう。
何はともあれ、城間くんはクラス一のとびっきりの人気者と「カフェでお茶してしまった」ことに喜ぶ傍ら、泣かせてしまったことにガクガクブルブルするも、天羽さんの「芸人になりたいの」発言で、一気に宇宙に飛んでいくことになった。
35頁が本作の白眉であることに異論はあるまい。
1巻35頁
安直に形容するなら、天にも上る気持ちだろう。思考が宇宙に飛んで行った城間くんの感情は、嬉しさのあまり、天羽さんが待ち受ける宇宙空間にまで飛んで行ったに違いない。そう、待ち受けているのである、天羽さんが。文化祭で見舞ってしまう災難を知らずに。
そしてもう一つの物語の面白さの核となるのがテンポの良さだろう。城間くんの考えたネタを「NO」と認めない場面の見開きは象徴的で、痛快ですらあり、「NO」にノックアウトされる風の演出もまた、物語の面白さに一躍買っているのだ。
奇抜な格好は出オチとして面白さの頂点は最初だけであり、ネタが続けば続くほど、面白さは減じていく。そんな基本的なことも承知で文化祭で玉砕してしまう天羽さんの気持ちよりも、とうもろこしの被り物をした美人に照明が当てられたということは、あらかじめ訳も分からず打ち合わせに応じていた何者かがいたのだと知れると、一体どんな気持ちで、天羽さんの説明を聞いていたのだろうかと、裏方の協力者(おそらくステージ上でみんなの手伝いをしている文化祭実行委員だろうか)に同情してしまうのだった。
さてしかし、巻末の「とうもろこし一人コントの出ていかない30粒の子供たち」にドン引きしつつ、いや待てよ、この作者、劇中のネタを本気で面白いと思っていないか、という疑惑が出てきたところで、次巻が早くも待ちきれない。
(2025.8.4)
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