若木民喜「ヨシダ檸檬ドロップス」1巻
三人の部屋とお茶を淹れる順番
小学館 ビッグコミックス
一浪して京大に合格した主人公・可志夫は、高校時代に同じマンドリン部に所属していた沢北と再会するも、沢北は女子プロレスサークルを一人で切り開いた京大一有名な学生だった、という恋愛模様と主人公の目を通した京大生たちの日常をコミカルに活写する本作では、可志夫を取り巻くバイト仲間のキャラクターが2人登場し、その控室で対話する場面が度々描かれている。第一話の冒頭から、その部屋の全体像が提示され、三人共々の様子が室内の散らかり具合から推察される。
三回生の西王路、修士一回生(院生)の三嶋、そして可志夫の三人は、部屋の中央に座すコタツを囲みながら、さまざまに物語を進めるやり取りをしている。沢北のキャラクター性からメインの舞台は今後どんどん外に移っていくかもしれないが、下宿先が火事でしばらく住めないために止む無く寝泊まりしているそこが、しばらくの間、主要舞台として多く描かれることだろう。
1巻24頁
京大生の「自由」についての対話の一場面が上図である。画面右上の三嶋が先輩として、学生生活の過ごし方を説き、左上の西王路が両手で上半身を少し支えつつ、上方の虚空に顔を向けている。じっと聞いている画面手前の可志夫が主人公である。
部屋の様子は第1話から幾度も描かれていた。三人の座る位置も決まっているので、上図からだけでも、部屋の中で三人がどのように過ごしてるのかが妄想できるだろう。
三嶋の近くにはテレビと本棚、本棚からあふれた書籍や雑誌らしいものが積まれている。過去の学生たちが残していった(バイト先は京大構内の本屋のため、おそらく代々京大生が雇われていると思われる)本が残されているのだろう。テレビ横にはキャットフードと、そのお皿らしきものがあり、この部屋のもう一人の住人のネコの世話も任されている(というよりも率先して世話している感じだが)。年長者だからなのか、あるいは本好きが高じてここに座り続けているのか、いずれにせよ、長くこの部屋で過ごしていると思われるような寛ぎ具合である。テレビを背にしていることから、そもそもテレビなんざ見ないのかもしれない。フキダシで隠れているが、宇宙服みたいな・防炎服みたいなものもテレビ台の本棚側の端に置かれている。
西王路の側は逆に広々としており、図からも分かる大きな身体も横たわる事ができるほどのスペースが確保されている。実際、コタツから出て横になっている場面が何回か描かれた。画面の上端にも、別の角度から描かれた場面で本などが積まれていた(スペースを確保するために壁側にあった本類をそちらに移動したのだろうか)。左手に2リットルサイズだろうペットボトルがあるものの、私物の少なさから部屋での過ごし方の程度が知れよう。
さて、控室に住み込んでいる可志夫の私物は、この図からはあまり伺えないが、可志夫の背後には台所や冷蔵庫もあり、生活ができる程度の設備は整っている。右下の机からマンドリンを取り出す場面が後に描かれるので、私物はそのあたりに収納しているのだろう。右側にはスマホを置いているあたり、机の上に置かずに先輩の話をきちんと正面向いて聞いている感があり、それだけで真面目さが伺えるのではないか。
面白いのは、三人の関係性である。年齢順から、単に三嶋→西王路→可志夫という縦関係は容易に想像できるが、なにせ現代が舞台であり、かつ、面白くて頭のいい人たちがたくさんいる、と自信喪失した可志夫が自ら解説する京大生たちである、そんな安直な関係として片付けられるはずもない。
急須の向きに注目すると、最後にお茶を淹れたのは可志夫だろうか(後輩として先輩たちにお茶を淹れていったのかもしれないが、前述の理由で想像しがたい)。持ち手が上向きの急須であるため利き手の影響は受けないから、三嶋が左利きであるとすれば、そうとも言い切れない。これらの妄想だけで、可志夫が最後に急須を使用したと推測するには根拠があまりない。マンドリンの構え方やその後の描写からも、可志夫は右利きである。次にジャンケンをする場面で、西王路と可志夫が右手を出しながらも三嶋は左手を出しており、三嶋が左利きの可能性は捨てきれない。もっとも、他のジャンケン場面では、三嶋が右手の時も(西王路が左手の時も)あり、おそらくジャンケンの場面では利き手の設定にこだわりはないらしい。
1巻64頁
上図の場面を見ると、やはりお茶は各々が各々のタイミングで注いでいったと思われる。恭しく後輩然と可志夫が二人の湯呑にお茶を注いでいく関係性は、この物語の性質・ラブコメの要素はまだ薄いけれども、いずれ濃くなっていくことだろうし、西王路の兄妹の関係性から、群像劇としても見どころが今後あるだろう期待もあることから、やはり考えづらい。最初の図でも湯呑に残されたお茶の量が西王路だけ減っていたので、西王路は日頃からお茶をたくさん飲んでいるのだろう。となると、あのペットボトルは何?という疑問は残るんだけれども、まあそれはそれとして。
ちなみに、西王路の利き手は上図では左手と思われるが湯呑は右手で持ってることもあれば左手で持って啜っている場面もあり、現段階では、はっきりしていない。
1巻57頁
1巻62頁
結論を言えば、各々が多少の協調性を発揮しつつも好き勝手にお茶を淹れているのが、事前に描写されていた。64頁の前の展開の、上の2コマを並べてみれば瞭然、机の上の急須が2コマ目で消えている。可志夫の背後に見える足は明らかに西王路のものだ。西王路は、自分で急須にお茶(あるいはお湯)を足してから戻ってきて、64頁でお茶を再度注いでいるのだ。
三人の関係は、外食をどこで食べるかをジャンケンで決める平等性からも容易に察せられるけれども、お茶の淹れ方にも、その関係性が伺えるように細やかさを損なわずに密度高く描写していたのである。
(2025.1.28)
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