「よつばと!」第12巻 よつばとひっくり返す

メディアワークス 電撃コミックス

あずまきよひこ



 第80話「よつばとハロウィン」の回で、風香としまうーにかぼちゃの格好をさせられたよつばは、二人に連れられて恵那の友達のみうらの家にやってきた。「トリック オア トリート」と言えば、お菓子しが貰えることに興奮するよつばは、登場したみうらの母にイタズラかお菓子かを迫った。みうら母に「いたずらしていいよ」と言われると、よつばは玄関にある靴を「ひっくりかえしてやった」と、次々とひっくり返していく。子どものとてもかわいらしい挿話の一つとして捉えられるわけだが、よつばの参ったか!みたいな顔には、実はこれまでのひっくり返す苦闘の歴史が刻まれているのである! と言うのは大袈裟だけれども、よつばの言動の裏には・「よつばと!」という作品のキャラクターたちの行動原理には、これまで静かに積み上げてきた展開の収束と、そこからさらに次の展開に繋げる因(もと)が詰まっていることを見逃してはならない。
 「ひっくり返す」前に一例を挙げれば、バランスボールがある。9巻「よつばとコーヒー」の回で、いつものように綾瀬家にやってきたよつばは居間でバランスボールを使っている風香と出くわす。その後、綾瀬・母が登場し「やってるなー」と居間に入ってくる。母はボールの存在を知っている・風香が買ったわけではなく、というか、これはそもそも母が買ったらしいのだが、これは当て推量ではなく、8巻であさぎと通販カタログを読むシーンが描かれていたからである。「よつばとたいふう」の回だ。「あ これって効果あるかな」とカタログを見ながら呟いている。ささいな場面ではあるが、後々に展開につながっているし、そもそも8巻冒頭の回で母がカタログを読んでいる場面もある。
 というわけで、よつばにとって「ひっくり返す」ことの困難さは、10巻「よつばとホットケーキ」の回で存分に描かれていた。絵本に触発されて自らホットケーキを作りたいという訴えにとーちゃんが応えて実現したよつばのホットケーキ作りは、とーちゃんがあっさりと手順どおりに作ってしまうのを手本に、よつばにも簡単に出来そうな気配が最初からあった。
 だが実際には、よつばの挑戦は失敗の連続となった。卵焼きみたいになったりして丸まってしまう。昼飯を喰いにやってきたやんだにも笑われてしまい、よつばはすねてしまうのだった。
 とーちゃんの計らいでたくさん挑むことが出来たよつばは、とーちゃんの言いつけどおりに作り始める。まあ、作るといっても、あらかじめ仕込んだホットケーキの素をお玉で掬ってフライパンの上に落とし、広がってよい加減になったところでひっくり返すだけなのだが、このひっくり返す動作を、よつばはなかなか出来ないのである。身体を傾けるだけで、裏返せないのである。
 実はよつばのこの動作は以前描かれていたのに、とーちゃんは気にしていなかったのである。よつば、とーちゃん、ジャンボ、やんだが円卓を囲む9巻の「よつばとやきにく」の回である。
 タン塩が好きなよつばは、とーちゃんに焼いてもらいながら、おいしそうに食を進めるわけだが、とーちゃんがひっくり返そうとしているのを見て自分もやってみたいとせがんだ。結果は図のとおり、身体だけを傾けてしまうのである。むずかしい…と呟きながらトングを見詰めるよつば。おとな三人の話題がやんだのハゲ話に移行してしまう最中、とーちゃんが会話をしながら自分の箸で「ホレ」と焼いてあげた動作が地味に描かれる。その後もよつばはトングを持ったままいろんなものを掴んで焼こうとするのだが、掴むことすらままならないことも。
9巻111頁
9巻111頁より

 このように、ひっくり返すという動作一つとっても、よつばは何度か苦労としている様子がわかるだろう。「ハロウィン」の回で靴をひっくり返すのも、よつばにとっては困難なことをしてやったという立派ないたずらだったのである!
 さてしかし一方で、「やきにく」でトングで物を掴むということの困難さは克服されていない。11巻「よつばとくりひろい」の回で、よつばは風香としまうーに連れられて神社の栗広いにやってきた。この神社も、劇中でよつばが言うように以前とーちゃんと来たことがある場所だ(1巻)。そこで、しまうーが長いトングで栗を拾うのを見て、よつばもやってみたいとせがんだところ、上手く掴むことが出来ずに、結局手で掴む場面が描かれる。
 あるいはやんだのハゲ話でもいい。焼肉をしながら、やんだはハゲると根拠もな彼をく攻め立てるとーちゃんとジャンボであるが、これは牧場に行く際に、車中でやんだから「細かいこと気にしてるとハゲるっスよ」と言われたこと(7巻)に対するささやかな復讐なのかもしれない、というのはさすがに穿ちすぎだけれども、こういう細かなセリフや場面のつながりの発見も、「よつばと!」の楽しみの一つである。

(2013.5.13)

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