「よつばと!」第8巻
メディアワークス 電撃コミックス
あずまきよひこ
「よつばと!」の背景が1巻から比べて精緻に描かれているようになっている。これには作者の思惑があるのは言うまでもない。すでに「あずまんが大王」から細かな描写を施していく試みはなされており(過去に書いた文章(ここ)で指摘済み)、「よつばと!」の背景の変化もその延長線上にある。
上が1巻のあさぎ、下が7巻のあさぎ。髪の毛の線が増えた
情報の多寡によって読者に伝えたいこと読み取って欲しいことを制御する。作者はこれを描線に求めたのだろう。線の多少による情報操作が背景を緻密にしていったとするならば、背景に読み取って欲しい情報がたくさんあるのか、背景から浮かび上がるキャラクターに注目して欲しいのか……まあそんな難しく考える必要はないんだけど。だってとーちゃんが何故翻訳家なのか?なんてとてもシンプルなんだから。よつばは外国の子→外国に行く機会があり、なおかつ家で仕事出来る職業→翻訳家。背景を緻密にする→情報が増える→? あれ、なんも思いつかん。というわけで具体的に変化を追ってみる。
目に付いたのはキャラクターの描写だ。「あずまんが大王」では服の皺が増えていったが、「よつばと!」ではどうか。うん、「よつばと!」の服装もさらに陰影がはっきりと描写されている。これは着ている服の皺ですよ・影ですよ、といった記号のような線の変わりに、実際に皺しわになっているような陰影が細い線で描かれている。
髪の毛の描かれ方も変わっていた。前作からの流れでキャラクターの表情は全体的に記号的というかマンガ的だ。ここだけは一貫している。けれども服装だけでなく髪の毛という、キャラクターを特定する上で欠かせない要素にまで作者は手を付けていた。髪のつやである。
上が2巻のみうら、下が8巻のみうら。髪の毛の描写の違いが一目瞭然。目のトーンも横線に変化
黒く塗られた頭に白い線がいくつか入る。これが髪のつやであり立体感の一端を担っている。あくまで丸みを視覚的に表現するための白い線でしかない。だから各キャラクターによる差異はあまり目立っていない。1、2巻と7、8巻のキャラクターを並べると、しかしその違いが明瞭になった。記号的な白い線が、場面や照明の具合などを考慮し、さらに、おそらくホワイトみたいな白い筆で塗っていたと思しきつやが、線の集合によって塗りつぶされる傾向があり、より立体的に描写されるようになった。線の増加はトーンの排除の意味もあって、陰影にベタった貼られたような影が線によってほぼ均一に細かく引かれるようになり、目の中に貼られていたトーンも線に替えられ、とにかく線が増えたのである。
さらにモノローグの排除である。
もともとモノローグとか心理状態・いわゆる心の声を表すフキダシといった、今キャラクターが考えていること・他のキャラクターには伝えられない言葉は少なかったけれども、巻を追うごとにというか、初期に少しだけあったモノローグのような言葉が完全に無くなった。もちろん今後の展開で出てくるかもしれないが、そうなったらなったでまた情報の変化を観察すべきだろう。ようするに、線による情報が増えた代わりに、キャラクターの内心の言葉が激減したわけである。
情報といっても文字の情報が読者に与える影響は絵の比ではない。どんなに下手くそな絵でも、よつばが「ネコだ」と言えばネコなんである。しかし、五歳児のよつばが博識なはずがなく、よつばの見たものが描かれたとしても、これは何々という説明書きも台詞も入りやしない。全ては絵そのものがただ描かれるしかない。よつばが今いる場所、今感じている環境を緻密に描写することで、よつばの反応が促される。内心を消して言葉を現実の声だけにできるだけ絞り、感情を排した描写……ああ、これって文芸用語でいうところのハードボイルドではないか。
「(Wikipediaより)ハードボイルド(hardboiled)とは、元来は「堅ゆで卵」(白身、黄身の両方ともしっかり凝固するまで茹でた鶏卵)のこと。転じて、感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情な、(精神的・肉体的に)強靭な、妥協しない、などの人間の性格を表す言葉となる。文芸用語としては、反道徳的・暴力的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体をいい、アーネスト・ヘミングウェイの作風などを指す。また、ミステリの分野のうち、従来の思索型の探偵に対して、行動的でハードボイルドな性格の探偵を登場させ、そういった探偵役の行動を描くことを主眼とした作風を表す用語として定着した。」
「あずまんが大王」ではよく見られた手の省略も「よつばと!」では初期に少し描かれただけ
客観的で簡潔な描写、「よつばと!」で描かれている世界だ。あの描き込み量を簡潔と言うには戸惑わないわけではないが、キャラクターの描写が簡潔になっているのは間違いない。記号的な絵、抽象的な動きの代わりに現実的な動きだけが強調されていく。前作に見られたキャラクターの矮小化とでも言おうか、特にギャグっぽい場面で見られた手の指の省略(なんかイカの手みたいになるの(図参照))がなくなり、冷や汗のようなわかりやすい記号も控えめになる。そして行動型の主人公の果敢な性格、よつばだ。1巻でとーちゃんが言っていたではないか、「よつばは無敵だ」と。
未知の世界に怯むことなく突き進んでいくよつばにほのぼのとか萌えるとかなんて言語道断、燃えてこそ「よつばと!」なのだ。
やっぱりしまうー
(2008.9.11)
戻る