魚豊「ようこそ!FACTへ」4巻138頁

何故、渡辺の部屋は荒れたのか

小学館 マンガワンコミックス


 陰謀論にはまった青年を通して自分の生き方を見つめ直す、魚豊の「ようこそ!FACTへ」で描かれた主人公・渡辺の部屋の中は、非常に殺風景である。およそ生活感に乏しく、非正規で薄給ゆえの貧しさとも捉えることは可能だが、それにしても何もない部屋の中は、違和感すらあるほどに、本当に何もない。台所や押し入れなども描かれているので、日々暮らしている上で必要な食事もろもろ室内で過ごしているだろうに、何も描かれない。洗濯物も一切ない。本当に部屋の中で暮らしているのか、怪しいくらいである。
 おそらく必要なものしか描かない、という理由があるだろう。好意を抱く飯山とデート(と本人が思い込んでいる)に行く際、わずかな持ち金から服を購入し、姿見をメルカリっぽいところで購入する。やがて姿見は地震によって倒れてあっさりと割れてしまうが、この時、渡辺は飯山から貰った二冊の本を倒れた姿見の近くで見詰める場面があった。免震マンションに暮らしている飯山との対比であり、特に知識や教養の差が、如実に残酷なほど明確に活写されているのだから、恐ろしいほどの割り切った描写である。まさに物語に必要なものしか描かないという分かりやすい場面でもある。
 けれども、渡辺の部屋が異様にゴミ溢れる荒れた状態になったことがあった。物語終盤、飯山が自身の夢と現実に向き合い、その第一歩を踏み出した挿話と対照的に、陰謀論から決別した渡辺が何も始まっていないような・以前の状態であるかのような日常に舞い戻ってから半年後の、ある日の朝である。
4巻138頁 4巻138頁
 唐突な室内の荒れ具合である。もし渡辺の部屋が物語の始めからこのような状態であり、何らかの経験や物語の経過によって変化し、再びこの部屋が描かれたとすれば、はっきりと渡辺の生活が元に戻ったという印象を与えたことだろう。実際、渡辺は物語冒頭のように満員電車に押しつぶされつつ職場に行き、惨めさを自覚しながら、自らの無価値無能を呪いつつ、「このまま、死ぬのかな。」と悪夢から目が覚めて独りごちるのである。
 第1巻の挿話では、明るい夢から覚め、気持ちよく朝を迎える場面が度々描かれていた。その後の展開でも、例えば世界に陰謀を訴える集会が成功する夢を見る件が典型的なように、将来に対する漠然とした楽観が、渡辺の性格とあいまって、成功体験をしているかのような錯覚を都合よく引き起こしていた。論理的思考というお気楽なご都合主義は、確かに読者からみてもバカとして描かれる。まさに劇中でそのまま指摘され、渡辺自身も自覚し、本当にバカな思考回路として、見事に描写されていた。もし劇中の思考展開のダイアグラムだけをパッと見てしまったら、複雑な思索に耽っていると勘違いしてしまっても仕方がないだろうし、渡辺自身もそれが論理的だと思ってしまうほどに、陰謀論の「先生」と「修行」する中で身につけられた論理的思考(という名の我田引水・牽強付会)は、ノート数冊に及ぶ膨大な知識の集積であっても不思議ではなかった。
 前の挿話で飯山の行動と渡辺の言動の対照性を示すことで、知識や能力は、信じる物の相対的な価値でしか図れないことを、すでに描いていた。田舎町で起きた銃乱射による大量殺人事件の犯人の視点から見える景色が明らかにしたように、単なる見え方の問題でしかないのではないか、という問いかけは個人的に危険な匂いを感じるが、それはきっと、私自身にも具体的な言葉にできないが、信じる物があるからなのだろう。
 よくわからない話をしてしまったが、渡辺の自身に対する呪いを具象化した結果であるとすれば、この荒れ具合は、単なる象徴的なものでしかない、という結論になるだろうか。
 食事をしたまま放置された空のカップ麺、いくつものペットボトル、きっとコンビニで買っただろう弁当や使い捨ての割りばし・スプーン、ハンガーや洗濯ばさみっぽいもの、何かの空箱らが、乱雑に描かれているというよりも、まるで整理整頓されて「荒れた生活感」を演出するために描かれていると見るほうが、これまでの本作に対する考えをもとに眺めると、適当なのではないか。穿ちすぎかもしれないが、それくらいの記号的な振る舞いを感じるのだ。
 もし仮に、これが書籍が乱雑に積まれ放置されていたとしたら・あるいは数冊でもいいから何らかの書籍も混じっていたら、また異なる印象を読者に与えただろう。たとえば陰謀論から解放され、勉強に励んだのだ、と。書籍のタイトルが伺えるように描かれていれば、そこからもっと深読みができるだろう。まるで渡辺の安直な論理的思考のように、読者は好きに考えてくれる。
 だからこそ、山場となる公園での渡辺・飯山・「先生」の邂逅と対話と、全く無関係なキャラクターの冷めた視線は、読者が期待する展開を・渡辺の反省と目覚めを具体的に分かりやすく紐解いたといえよう。読者が「バカ」だと感じてきた流されやすい性格や簡単に他人の影響(平戸の講話も含めて)を受ける渡辺が、「バカ」ではなくなり、日常に還っていく。そして再び、何もない部屋が現れる。
4巻213頁 4巻213頁
 ゴミが片付けられたのではない、ただ単に何もない部屋になったのだ。
 渡辺の体験が蓄積されたことで、半年の空白期間に生じた渡辺自身の呪いが解消されたのである。キャラクターが過去を回想する場面の描かれ方を思い起こすと、劇中で描かれたコマが並べられ重ねられ、映像が流れるように過去のある場面を思い出す。自分の無価値を呪う夢でも、過去のいくつかの場面が並べられ、自分が確かに見てきたはずのものが雑に塗りつぶされ、これまでの経験が無駄であるかのように描かれていた。
 さてしかし、半年後の渡辺には、劇中で描かれた物語の蓄積は何もない。半年間、渡辺は同じように日々を過ごしてきたのだろうが、それでは何の上積みも経験値もなく、本当に薄っぺらだ。突然現れたゴミ、そして突然消えたゴミは、渡辺が抱える劇中で描かれなかった半年間の物語を凝縮した回想場面と同一のものだったのではないか、そんな妄想をしてみると、部屋のゴミについて、なんとなく得心するのである。
(2025.2.17)
戻る