映画感想2003



 今、「KILL BILL,vol.1」のサントラ聴いてる。おもしろ。口笛吹きたくなるね、出来ないけど。
 3年前の年末に映画特集をやったけど、今回はまた同じことをやろうという趣である。やっぱり映画はいいね。今年は漫画より熱心に見たかもしれない。夏場はあまり読書しないんですよ、暑いのに弱いから。でも映画は意地になって観続けた。挙句都内にまで出掛けちまったし、金使いまくったけど、非常に充実した気分で年末を……と言いたいが、秋に体調を崩してしまい、おまけに激務が続いて映画も見ることさえままならず、11月12月と観たかったあの映画この映画を観ていないのが大変悔やまれる。けど、普通に観たと思うよ、5、60本くらいかな。偏りはあるので、見落としたメジャー映画はたくさんあるけど、正月休み暇だよって方はこれから紹介する映画を観るのも一興かと思われ。ソフト化していないのもあるけど、それはまたソフト化されたときに。
 で、実は今年は漫画そっちのけで映画の感想を3本書いてたのだ。「地獄甲子園」「茄子 アンダルシアの夏」「ロボコン」。これらを除いた作品の感想を以下に書こう。

目次
 「ホテル・ハイビスカス」 監督:中江祐司
 「藍色夏恋」 監督:イー・ツーイェン
 「北京ヴァイオリン」 監督:チェン・カイコー
 「ほえる犬は噛まない」 監督:ポン・ジュノ
 「東京ゴッドファーザーズ」 監督:今敏



「ホテル・ハイビスカス」

監督 中江祐司  脚本 中江素子・中江祐司  原作 仲宗根みいこ
撮影監督 高間賢治  音楽監督 磯田健一郎
主演 蔵下穂波/照屋政雄 ネスミス 亀島奈津樹 和田聡宏/登川誠仁 平良とみ/余貴美子

 監督は中江祐司、「ナビィの恋」だね。沖縄を舞台にした映画ってことで、邦画というより沖縄映画っていうほうがしっくりくる。まあ、沖縄人にとって彼の映画がどんなもんなのかわからないけど、ヤマトンチューにとって沖縄ってのは、やはりちょっと異質なんだよね。気候も違う、言葉も違う、文化も違う。「ナビィの恋」は……いや、西田尚美の魅力全開ってほどではないが(矢口史靖「秘密の花園」の印象が強烈だもんな。ちなみに彼女と村上淳(彼は前作で西田と競演している)は特別出演で登場する)、彼女だけで事足りたような、私にとっては。で、今回の映画の主人公が小学生なんである。もちろんオーデションで選ばれた無名の子。だから先入観ってものが全くなかったけれども、いやいや、この映画は主役を演じる蔵下穂波の魅力に大いに支えられた、痛快な児童映画になっていたのである。
 前作同様にミュージカルっぽい場面は随所にあるけど、これを下手糞な歌で歌いやがるんだ。しかも耳にした事のある曲をばかばかしく替え歌にして、これが微笑を誘う。主人公・美恵子はガキ大将で手下の男子二人をしたがえて立ち入り禁止区域・沖縄ってことで、米軍基地がある、演習地区なんか当然入れないけど構わず入ってしまうような破天荒な子供で、この言動も微笑を誘う。実に愉快な気分になれる。
 さて、肝心の物語は大まかに4つのオムニバス。原作が、実は漫画なんだよね。映画では大きく脚色されているんだが、短い話の積み重ねが映画全体を構成しているところに原作の影響がうかがえよう。美恵子の両親はホテル・ハイビスカスっていう客なんかほとんど来ないホテルを経営しているが父(照屋政雄)は寝てばかり、ぶっちゃけ家計は母(余貴美子)のホステス業に負っている。しかも兄(ネスミス)は黒人のハーフ、姉(亀島奈津樹)は白人のハーフ……とインターナショナルな面々に祖母(平良とみ)を加えた家族で、そこに放浪青年(和田聡宏)が泊まりはじめて物語が動き出す。
 テーマやら何やらなんて私にはわからないけど、とにかく楽しいんだ。美恵子がほんとに面白くて、彼女のキャラクターを追っているだけで、次の展開が楽しみでわくわくしてくる。あえてテーマを探るなら家族ってことになりそうなんで、話は全部家族についてなにかしら考えさせられる構成にはなっている。だけど、そういう問題には無頓着に無邪気にはしゃいだり笑ったり、とにかく声でかいんだこのガキ、よく選んだよ。演技力云々ということに着目してしまうと、多分評価は下がってしまうと思う。そりゃそうだ、昨日まで素人だった小学生にいきなり演技させるんだ、自然勢い勝負になる。ただ、そこで監督やスタッフの力量が問われる、どんな演技が下手な役者でも、旬がある(もっとも、旬さえないタレント風情の役者もいることはいるんだが……この映画には出てこない。主要キャストで有名どころといえば、余貴美子と平良とみくらいでしょ?)けど、この映画にとって必要な演技をしてくれる役者の姿を演出してしまうってところに、この映画の力があると思うんである。
 でね、飽きないくらい笑ったり走ったり暴れている美恵子の勢いってものが最後まで衰えないのである。恐ろしいガキだ。中盤で母親と姉は実の父親に会いに旅行に行ってしまって、ちょっと寂しい思いをするんだが、ラストの弾けっぷりは爽快だった。

「藍色夏恋」

監督・脚本 イー・ツーイェン
撮影 チャン・シャン  美術 シァ・シァオユィ  音楽 クリス・ホウ
主演 グイ・ルンメイ チェン・ボーリン リャン・シューホイ/ジョアンナ・チョウ ミン・ジンチョン

 台湾の青春映画。主人公である17歳の女の子モン・クーロウ(グイ・ルンメイ)とカッコいい男子チャン・シーハオ(チェン・ボーリン)にモンの親友リン・ユエチャン(リャン・シューホイ)の三人が織り成す恋模様という時点で、あーこんな話だろってのが想像出来てしまうだろう。チャンに惚れたリンとリンを応援するモン、しかし、モンは偶然夜中のプールでチャンと出会う。チャンはモンが自分に惚れていると思い込んで彼女にアプローチをかけ始める……なんかもう展開見えるでしょ。あのね、私もそう思ってたんですよ。モンはチャンにリンを薦める一方、チャンはモンの自宅まで押しかけてくるし(途中からチャンは本気でモンに惚れてしまう)。昨今の少女漫画ならあーなってこーなって……なんて無駄話を置いといて、真っ当な物語かと思いきやとんでもない秘密が終盤明かされるのである。
 ところがそんな前半の展開も全く退屈しない。要は二人が接近する設定をいかに自然にかつ面白く作るかって事なんだけど、この映画は絵で見せてくれるのだ。これがたまらなく清々しいし感動さえしてしまう。たとえば、いたずらで学校の床に貼られたラブレターを二人で剥がす場面、丁寧に剥がせないもんだからしまいに床を蹴りだすモンに合わせてチャンも蹴って剥がそうとするんだが、まるでふざけて踊っているような感覚を覚える。たとえば先生に誤解されて言い寄られそうになるところでモンはチャンを見掛けて走り寄って手をつなぐ場面・モンのすがるような顔とチャンの笑顔ともつかない顔と先生の困惑した顔、たとえばチャンの写真(似顔絵だったっけ?)のお面を被ったモンとリンが踊る場面、リンのチャンを想う心がビシビシ伝わって来る、モンとチャンが本気で押し合う場面と夜中の体育館に響き渡るパイプイスのガタガタって言う音だったり(これは後半の場面だけど)。
 あと自転車だ。自転車で町の中突っ切るんですよ、青春映画って感じだよね。無人の夜のプールとか、ラブレターとか、ストーカーまがいの行為とか。そして風を切る自転車の疾走感が気持ちいい。親友の存在も大きい。リンの一途さってものがたまらない・怖いくらい。それに応えようとするモンもいじらしいし、またチャンはさ、自分がカッコいいこと自覚してて図々しいんだ。でもいくら押しても押してもなかなか気持ちが通じ合わないことに苛立ってくる。モンはモンで独り悩むんだ。
 そんなところで、何故モンは頑なにチャンの気持ちを拒むのかわからなくなっていくのである。デートしてるし手もつないだしキスもするし。訳わからん状態。主人公の気持ちがわからないところに秘密が隠されていて、まあネタバレ平気に書く私もこれは書けない、だから秘密が明かされた時の衝撃と感動は言葉では形容できない。とにかく今までの彼女の言動が全てつながって、同時に三人の苦悩がどうにもならないくらい悲しくなってくるのである。だからといってそのまま終わらない、疾走感が蘇るラストシーンに希望を残す。上手いね、この辺。余韻まで計算した演出・物語作りってのが嬉しくなるし、まんまとそれにはまる自分もちょっと単純だが、不覚にも目が潤んでしまって、いやいや悲しいと書いたけど涙を必要とするような悲しさじゃないんだ、ただ本当に感動してしまって、実にいい映画を見せてもらったという感激が強かった。まだ残ってたんだ、こういう初々しさが。しかも台湾に。
 正直言うと主人公の魅力が映画の魅力でもありますよ、この映画。映画のためにスカウトされた子で、アイドルとかそんなんじゃない。ただその場の存在感が重要なのである。この映画のために必要な要素を持ち合わせていた彼女、だから彼女しかいない。これを見つけてしまう監督、存在感を引き出してフィルムに焼き付けるスタッフたちの力。これはすごいよ。

「北京ヴァイオリン」

監督 チェン・カイコー  脚本 チェン・カイコー シュエ・シャルオー
撮影 キム・ヒョング  音楽 チャオ・リン
ヴァイオリン演奏 リー・チュアンユン
主演 タン・ユン リウ・ペイチー/チェン・ホン ワン・チーウェン チャン・チン/チェン・カイコー

 見終わって劇場を出ると、いや出る前からずっとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が頭の中に響き続けてて、走ってしまった、しかも疲れない、かなり興奮したね。主人公チュン(タン・ユン)はヴァイオリンの天才少年で、本格的に音楽の勉強をするために唯一の肉親・父親(リウ・ペイチー)とともに北京に乗り込んで苦難を乗り越えて……というお話(「リトル・ダンサー」を見ながら思い出したけど、後半の展開はそれと異なる方向へ転がっていく)。
 単純な父子愛ものではない。とても仲の良い親子だけど、それよりも劇中でチュンが演奏するヴァイオリン、これが気持ちいい。曲目はパンフに網羅されてたけど、まあどっかで聞いたような曲が次々と流れてくる。チュンを演じる子は当然プロを目指す本物で、指先の動き・構え方・全て映し出される(でも本当の曲は中国を代表する若手演奏家リー・チュアンユンが当てている、ちなみに彼も演奏家役でちょっと登場する)、本物だからいいって訳じゃないけど、ヴァイオリンってもっとも身体に密着させて弾かれる楽器のひとつでしょ、だから長年の経験が自然と出てくる、立ち居姿がさまになっているのだ。演奏場面は実に多く用意されている、時に全身、時に顔だけ、時に指先だけ、どれも迫力あって観てるほうも彼の演奏を間近で聴いているような感覚になってしまう。
 物語の見所のひとつにチュンの成長もある。思春期前の微妙な精神状態が父との関係以上に、北京に出てから知り合った女性リリ(チェン・ホン)とのやり取りで浮かび上がってくる。チュンは彼女のために演奏したりするんだけど、大人の女性への憧れみたいなもんが出てくる。時にひょっとして惚れてんじゃないのかってくらいチュンは健気だし、リリは男に振り回されてチュンの母親、いや友達みたいに遊ぶ。
 このチュンの心理状態がなかなか表に出てこないんだ、それがいいんだけどね。下手に台詞で説明されない、演奏の調子であったり、父とのやり取りであったり、走ったり、不意に変な行動に出たり、読めない。主人公よりも周りの大人たちに感情移入してしまうんだ。この大事な才能を持った子をなんとかしてやりたい、同時に彼はどういう道を選んでいくんだろうかって心配になってくる。中学一年生くらいの子に自分の将来の選択を突きつけるんだから、正直辛くもある。映画は後半に同年代の少女リン(チャン・チン)も出てきて、彼女とコンクールの選抜大会出場を争うんだけど、これがユイ教授(演じるは監督チェン・カイコー)の推薦で決まるんである、実演して選ばれるのではないのだ。観てるほうとしては、教授は明らかにチュンを贔屓しているらしいと察しがつく。でも、選抜されると、おそらく海外留学するだろうってことで、チュンは苦しむ、父と別れたくない。父は父で子の将来を想って必死になる、見ているほうもどっちに転がるんだろうかって気が気でない。
 で、これも終盤とんでもない事実が明らかになるんだ。こんな仕掛け施しやがって、なんでえげつない野郎なんだ、と監督を罵りたい反面、少年が走る姿と父が昔の北京駅で右往左往する姿が重ねられると文句も引っ込む。この盛り上がり尋常ではないね。曲の流れそのまんまなのである、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ですよ、どうなるんだどうなるんだって見てたところで北京駅構内でのチュンの演奏! ごめん、ちょっと感動がよみがえってきたよ……震撼した。決して大げさな物言いではなく。周りを取り囲む人々の真ん中でそれを魂込めて奏でるチュンの凛々しさ。拍手喝采(誰もしないから心の中でしたよ)。
 さらに、この子はよく走るんだ。だから私も思わず走ってしまったんだが、ヴァイオリン持って北京の町の中を駆け回っている、やはり子供は走ってなんぼだな。

「ほえる犬は噛まない」

監督 ポン・ジュノ
脚本 ポン・ジュノ ソン・テウン ソン・ジホ
音楽 チョ・ソンウ  撮影 チョ・ヨンギュ
主演 ペ・ドゥナ イ・ソンジュ/コ・スヒ キム・ホジュン ピョン・ヒボン キム・ジング キム・ルェハ

 韓国って犬食べるんだよね……。そんな事情を踏まえて、韓国社会をちくっと皮肉りながらも、マイペースにのんびりと描かれるコメディ映画がこれ。ペットとして犬を飼う人がいる一方で犬を食っちまう人もいる、この両極端な現象を正面に捉えつつもきっちり笑いを誘う、しかもまったりしている展開で、映像をこねくり回すようなこともなく、普通に撮られていて驚いた。突飛な演出が目に付かないんだよ。変なキャラクターは出てこない、変な設定もない、普通の人が社会の事情に翻弄されつつ、普通に生きていく姿、角度を替えて作るだけでこんなにも面白くなるんだ。
 タイトルは英題の直訳で、韓国題の訳は「フランダースの犬」。ネロですよ、パトラッシュですよ、強烈ですよ、カラオケで主題歌を歌ってますよ。冒頭に字幕が出る、この映画に登場する犬はすべては安全に管理され虐待されることはありませんでした、とかなんとか。最初からちくちくと突っついてくる。しかも主人公の一人である大学講師ユンジュ(イ・ソンジェ)はキャインキャインとマンション内でほえる犬の鳴き声に苛立って、ついに犬を捕らえて地下のボイラー室に閉じ込めてしまうという場面からはじまる。後日、犬探しの女の子がマンションに現れ、迷い犬探しの貼り紙を町中に貼りまわるのがマンション管理事務所で働く女性ヒョンナム(ペ・ドゥナ)、彼女がもうひとりの主人公で、二人を軸に物語はまろやかに展開される。
 ヒョンナムかわいい……韓国映画の女優さんにかわいい人はいないって思ってた。私は平凡に「シュリ」から韓国映画に入った口だが、なんと言うか、気味悪いくらい形が整ってて、艶やかではなかった。でもヒョンナムを演じるペ・ドゥナは演技自体がかわいいんである、気取らないし、特に黄色のパーカー着て突撃するところがおかしくもありかわいくもあり。彼女は韓国では有名なタレントさんで、この映画の出演を機に役者業に努めるらしいけど、是非そうしてほしい。テレビじゃもったいないよ、スクリーンで世界の映画館に立ち居姿を見せておくれ。
 で、当の物語だけど、前述どおりほんわかしているんである。細かなカット割で目が回ることもなく、実験的に長まわしもなく(映画通から見れば、撮影に関して何らかの技巧を見抜くんだろうけど、私にそんな眼力はない)、それでいて退屈しない。コメディ色が強いのでそういう紹介をしたけど、爆笑ってなところはあまりなく、微笑が止まらない感じなのだ。それでいて風刺っぽい描写が挟まるもんだから、変におかしいのである。たとえばね、大学講師のユンジュは身重の妻と暮らしてて、目指すは大学教授なんだけど、どうやって教授になるかって言ったら学長に賄賂渡してなるんだよ(しかもそれが普通の世界として描かれる、告発するわけでもなく、いたずらに笑うこともしない)、彼は金の工面に四苦八苦するわけ。妻は妻でわがままな言動が目立つし、おまけに小うるさい犬の鳴き声でしょ。苛々しているのが手に取るようにわかる。で、次に現れた犬がどこぞのばあさんが飼ってる奴、彼はそいつを奪ってマンション屋上から投げ落としてしまうのだ、洒落になってないんだよ、そこの描写が(犬解体して食うおっさんも出てくる、血のついた包丁が映されるくらいだけど)。でも次にはじまるのが現場を偶然目撃したヒョンナムとの追いかけっこなのだ。逃げるユンジュと追うヒョンナム、別に奇妙な走り方するわけじゃないけど面白いんだよ。このおかしみを醸す演出が素晴らしいね。残酷な描写のあとのおかしな描写、その落差が一因なのかもしれない。
 話はいろいろと続くんだけど、随所で見せつけられるアイデアがまた魅力的。トイレットペーパーを坂の上から転がして距離を測ったり、ヒョンナムがダッシュしたところで黄色いパーカー来た人たちが突如遠くを取り囲んで紙吹雪まいて応援したり、突然ランニングする集団が現れたり。緩急自在に観客の感情を制御してしまうのだ。ラストの明るさの対照的な様がまた抽象的で、じーんと考えさせられてしまう。しかしまあ「フランダースの犬」だからね、アニメの感動的な最終回が頭にあって、このへんてこな映画だよ、物作りへの徹底しした姿勢がうかがえよう、エンドロールに流れる曲は当然あの曲の編曲、ランランラーランランラー……

「東京ゴッドファーザーズ」

監督・原作 今敏  脚本 信本敬子 今敏 製作 マッドハウス
音楽 鈴木慶一  作画監督 小西賢一  撮影監督 須貝克俊
音響監督 三間雅文  美術監督 池信孝  演出 古屋勝吾
主演 江守徹 梅垣義明 岡本綾/飯塚昭三 加藤精三 石丸博也 槐柳二 屋良有作/寺瀬今日子 能登麻美子 大塚明夫 小山力也 こおろぎさとみ 山寺宏一

 奇跡がこうも続くと、次の奇跡がほしくてたまらなくなる、三人のホームレスを主人公にクリスマスから大晦日までの捨てられた赤ん坊を巡るドタバタ映画、正直泣いてしまったよ。
 アニメだからこそ出来るネタだよね。東京を白く覆う雪、暗めの背景、キャラクターの漫画めいた表情、素晴らしかった。「千年女優」も好きだけど、こっちのほうが大好きだ。漫画ってのが安心する、だから都合よい奇跡の連続も気にならない。幸運を呼ぶ赤ん坊をゴミ捨て場から拾った彼らの奇跡の体験、テンポよく退屈しないまま疾走する90分、至福の90分、漫画はいいよな、やっぱり。
 自称元競輪選手のギンちゃん(江守徹)、元ドラッグ・クイーンのハナちゃん(梅垣義明)、家出女子高生ミユキ(岡本綾)がゴミ捨て場で見つけた赤ん坊(こおろぎさとみ)から物語は……奇跡は始まる。そもそも捨て子をそんなとこでホームレスが都合よく見つけるってことからしてありえないんです、だから最初のとっかかりがOKならあとのドタバタも全部OK、何があっても構わない。クリスマス、清しこの夜ということで「清子」と勝手に命名したハナが母親を探すと言い出して展開される大活劇、言葉でいちいちあらすじ書くのがばかばかしい。あー、また観たい、はやくソフト化しないかな。繰り返し見続けるよ、今年の年末はこれ観ながら過ごすしかないでしょう。散りばめられたベタなギャグ描写もおかしい。
 また何より声優陣の力が凄まじい。江守徹の変幻自在な感情表現、梅垣義明がハナとなって歌う「ろくでなし」、岡本綾の「あずみ」からは考えられない躍動感(これは監督の力の差だよな、監督次第で役者は生きもし死にもする)、そして脇を固めるのがプロの声優たち、大塚明夫、山寺宏一、屋良有作、石丸博也、こおろぎさとみ……と映画ならではの役者を交えた完璧な布陣が、リアリティと漫画的表現の間を激しく揺れるキャラクターの造形に負けず役になりきっている(というか、ハナは梅垣義明を想定して描かれてるだろうと思われ)。
 あんま書くことないや。細かな展開を描くこと自体が野暮みたい。奇蹟の連続だからね、次が予想できないんだよ、あれがこうなってこう繋がって、これがそこで生かされてああなるって言っても訳がわからない。鑑賞者だけが味わえる素晴らしき90分。予告編観ただけで目が潤んでくるよ、最後まで続く奇跡、泣いたから素晴らしいというわけではないぞ。泣く前の展開からしてもう可笑しくて面白くて、前の席に座高高くして頭全然下げないバカがいたけど(おまけに連れとしゃべるし)、見ている間はそれさえ許せるほどの幸福感があった。そして最後の最後に用意された……だめ、泣く……このための暗い背景だったのか……あけましておめでとうございます!



 「ロボコン」「藍色夏恋」「東京ゴッドファーザーズ」の三本がとりわけ印象深いかな。とにかくまた観たくてたまらない映画たちである。
 他にも面白かった映画はある、「シカゴ」「10話」「ジョゼと虎と魚たち」「イン・アメリカ」「幸福の鐘」「戦場のピアニスト」「ドラゴンヘッド(ごめん、すげー評判悪い映画だけど私は好き)」「木更津キャッツアイ」「星に願いを」「blue」「アカルイミライ」「座頭市」……結構あるな。もちろん「キル・ビル」もね。

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